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「教育というのは、頭から頭ではなく、人から人へと伝えるものです。所長就任当初から、人を知り、ものごとを知ることがまず大切だと話してきましたが、まさに知ることから始めたに過ぎません。
とはいえ、就任からの3年間は、学生を観察していた時期だったといえるでしょう。若者たちをどこへ導こうか、観察し、考えながら接してきました。故に、1〜3年生まですべて授業を担当してきた訳ですね。
桑沢の学生は、ひとつのテーマを与えると深く考える傾向が強いと感じています。他の先生方が造形技術や精度を高める手法を教えていらっしゃるので、私はデザインの考え方を伝えようと、なるべく思想的な課題を多く与え、レポートを提出させています。特にレポートからは、人と違うことを考えようとする姿が見えてきました。それがいいことか悪いことかはわかりませんけれど。
同時に、学生を育てるのは非常に時間のかかることだと実感しています。大学の4年間、桑沢の3年間で一人前にしようなどとは到底無理がある。おそらく卒業してから数年たち、やっと自らが気づくこともたくさんあるでしょう。桑沢在学中は、その時に柔軟に受け止められるような視野を広げてほしいと思っています。
デザインの表層だけを狭義に考えるのではなく、哲学、社会、政治、経済すべての関わりがあってデザインが成り立っていることをわかってほしいと望んでいます。<人間・社会・自然>を結びつけ、社会に実際性を与えていく役割を担うデザインは、社会をつくる重要な立場にあることを認識してほしい。当然ながら、絵を描く基礎的技術がなければ表現につなげられないのだから、技術の基礎があって、思考を重ねることが必要です。
何かものをつくるということは、結果的に様々な世界に触れていくことにほかなりません。その事実を学生にも早く気づいてほしいと思っています」
── ものの見方と技術を身につけていくのが、桑沢での時間となる。人間や環境を観察し、熟考を重ねる基礎を学ばせる教育方針は、今後も継続するという。
同時に、内田がかねてより示してきた教育原点<守破離>もまた、デザイナーの根底にあるべき姿を象徴し、ひとつの指針となっていくようだ。最後に、若手デザイナーとして期待をかける言葉を残してくれた。
「学生はまず『守』、つまりひたすら学ぶことです。‘学ぶ’という言葉は、‘真似ぶ’に語源をもちます。まずは徹底的に真似ることで、本質を理解することができるでしょう。日本の大学では、‘真似ぶ’をやらないまますぐに、オリジナリティーを求めようとしますが、独創性はそんなにすぐに表れるものではありません。真似て、学んでいくことでやっと生まれるもの。『守』の部分をおろそかにしてはいけないのです。若い時代は特に、繰り返し学ぶことで必ずデザイナーとしての体力が養われる時期なのですから」
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