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美大・デザイン系学部への進学を考え始めた方へ。入試にまつわる疑問を解消します!

東京都立工芸高等学校インタビュー
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東京都立工芸高等学校の教員に聞く。美大・デザイン系学部の入試ってどんな内容?


そもそも私はデザイン系の学部・学科に向いている?

実技を習ったことがなくても受験できるの?

そんな不安を感じながらも、デザイン系の学部や学科へ進学を考え始めた皆さんに向けて、一般大学とは異なる入試の基本的な傾向や対策についてご紹介します。


東京都立工芸高校の竹野先生、高野先生、尾引先生手前から、東京都立工芸高等学校のインテリア科主任教諭・竹野秀治先生、教務部主任デザイン科主幹教諭・髙野美歩先生、デザイン科・尾引亮太先生

 

今回、編集部がお話をうかがったのは、これまで多くの生徒をデザイン系の学部・学科に送り出してきた東京都立工芸高等学校の先生方。デザイン系学部・学科の入試の傾向や一般的な大学との入試の違い、面接や実技のポイントなどについて疑問に答えてくれました!


「デザインを学ぶこと」が向いている人とは?


―デザイン系の学部や学科には、具体的にどんな人が向いているのでしょうか?


都立工芸高校の尾引先生尾引亮太先生

 

尾引亮太先生(以下、尾引):デザインを志す人は、まずは絵を描くことが好き、工作をするのが好き、手を動かすのが好きという生徒が多いですが、上手・下手というより、好きかどうかが大事だと思います。見るだけではなく自分でつくり出していきたい、生み出すことが好きな人。


髙野美歩先生(以下、髙野):自己表現や自己満足、感情を表現する芸術と違って、デザインは誰かのために何かを良くしたい、ちょっと便利にしたい、そういうところに喜びを感じる人が向いているなと感じます。


尾引:そうですね。デザインを本質的に考えると「世の中で機能するもの」だと思うんです。描いたりつくったりしたい気持ちと、世の中で役に立つという部分が繋がっていることが重要です。美術系の大学に行くと、そこを繋げる学びになると思います。


―大学入試を大きく分けると、学力試験が課される「一般選抜」と、書類審査や面接、小論文などで人物を総合的に評価する「学校推薦型選抜」「総合型選抜」の3種類ありますが、そもそも、一般的な大学と美大の入試の違いはあるのでしょうか?


竹野秀治先生(以下、竹野):大きな違いは、美大には実技試験や作品集(ポートフォリオ)の提出があるということですね。これまではそうした実技を重視してきましたが、最近では大学側もいろいろな学生に入学してほしいと考える傾向にあるようです。

総合型選抜や公募推薦、学科のみで入学できる入試もあり、さまざまな経験や価値観を持った学生が入学することで、大学内の活性化が起こることを期待しています。多様な時代といわれているなか、これまでとは違う物差しで学生を募集しているようです。


髙野:今は、6〜7割の生徒が何かしらの推薦を使っていますよね。一般入試までに1〜2回は試験を経験しているので、まずは面接などの対策が先になります。ただ美大などを受験する生徒は国数英理社を軽く見がちなところがある。だからこそ、そこを強みにできたら強いと思います。入学したあとにも必ず必要になりますし、どんな勉強も無駄なものはない。創作活動においても、知っておく方が知らないよりは深いので、勉強もしっかり頑張ってもらいたいです。


―総合大学の工学部のデザイン学科や美大のデザイン学科など、デザイン学科といってもいろいろあります。自分に合った大学や学部に進むにはどう選ぶのが良いでしょうか?


尾引:今は、美大を卒業した人がデザイナーになるという時代でもなくなってきています。美術系や工学系だけでなく、例えば経済学や環境学といった方面からデザインにアプローチしてくる人も。工学系は美的造形力というよりは、設計する技術。ものの性能を上げることを学習します。

美術系はいわゆる美大で、教科でいうと美術や家庭科の延長線。かっこいい、かわいい、おしゃれという感性や情操的な部分で経済に訴えかけるものです。工学系のような性能や技術そのものの向上より、美大のデザインは生活の中での機能美や美しさ、心地よさ、わかりやすさを求めたものが多い。どちらのアプローチが好きかというところから選んでみると良いと思います。


髙野:工学系の場合は、理数科目を履修していないと試験が受けられない大学もあるので、しっかり確認しておくのも大事です。高校の履修にも関わるので美術系か工学系か早めに見極められると安心ですね。


竹野:いま、デザイン系の学部や学科には新しい学びの領域も増えていて、大学によっても学べることがさまざま。将来やりたい仕事について、何のデザインがしたいかを考えて進学先や進路を選ぶのが理想だと思います。

新しい学部・学科が増えているということは、その分野が世の中で必要とされているということだし、人材を育成するために大学も学部や学科を再編しているので、将来を見据えて絞り込んでいくことをおすすめします。


自分の体験や経験を、より具体的に表現することが面接のポイント


―面接ではどんな点がポイントになりますか?


都立工芸高校の高野美歩先生髙野美歩先生

 

髙野:最近の高校生は話している内容に実体験、具体例が足りない傾向にあります。具体例がもう少しあるとぐっと真実味が増すと思います。


竹野:そうですね。いろいろと良い体験は持っているんだけど、それを上手に表現できない生徒が多いように思います。もう少し自分を見つめ直して、自分にはこういう経験があるんだ、能力があるんだと、はっきりさせることも大切です。


髙野:具体的なエピソードがあると、「この子が入学したあとどんな動きをするんだろう」「どんな活動をするんだろう」というイメージがしやすいんです。体育祭でどうやってクラスがまとまったのか、どんな問題があったのか、どういう声かけをしたらどう動いたのかなどの具体例を話してもらえると、その生徒の生き生きとした動きが目に浮かびます。


作品の完成に至るまでのプロセスが見えるポートフォリオ


―入試でポートフォリオを提出する場合、どんな点に気をつけると良いですか?


都立工芸高校の竹野秀治先生竹野秀治先生

 

竹野:ただ完成した作品を見せるだけではなくて、作品の背景や制作過程で生まれた課題、その解決策なども見えるものにするといいと思います。失敗もあっていいし、紆余曲折あって完成した作品のプロセスは見る側も興味があります。


髙野:どんなきっかけでなぜ思いついたのか、アイデアが浮かんだ背景やそのプロセスは知りたいですよね。例えば、完成に行き着くまでのラフスケッチを20個並べるとか。あとは熱量です。どうしてその作品を生み出したのか、失敗談も含めて熱量を持って語ってくれると、より魅力的に見えると思います。


―美大やデザイン系の学部学科を目指したいけど、そもそも実技が苦手という生徒はどうすればいいでしょうか?


尾引:美術系大学では実技試験がないということは少ないですが、最近では実技試験の内容が多様化していて学科ごとに違うことも多いです。昔は指定されたモチーフを鉛筆などで描く「デッサン」や、絵の具を使って形やバランスを見ながら色彩を組み合わせてひとつの画面に仕上げる「平面構成(色彩構成)」、紙やのりなどを使って立体物を造形する「立体構成」などの試験が主流でしたが、課題解決型の入試を行う学校もあるし、みんなでディスカッションしたり、プレゼンテーションしたりする入試もあります。

また事前に映像や動画をつくってそれをアップロードして送るというパターンも。大学や学部によって実技試験の在り方が変わってきているので、まずは調べてみることをおすすめします。


髙野:デッサンや平面構成は、考え方や空間のつくり方、構図の捉え方を身につけることができます。基礎を学んで損はないと思うのでぜひ触れてみて欲しいですね。


都立工芸高校の尾引先生


尾引:また、デザインの場合は、絵の上手下手より構成力や観察力、それを再現する力が重要になります。これは練習でも十分に身につきますから、苦手意識がある人もまずは挑戦してみて欲しい。ただ自分1人でやっているとわからないし自信もつかないと思うので、わかる人に見てもらったり、アドバイスをもらったりするといいですね。特に初心者の方は伸びるのが早い。すぐに楽しくなると思います。

普通高校では、美術の授業が選択制になっているので、誰に聞けばいいかわからない生徒も多いかもしれません。まずは予備校の春期講習や短期講習に参加してみると良いと思います。予備校も昔は一般入試のデッサンや構成ばかりを教えていましたが、今は推薦入試のためのコースもあります。


髙野:自分がどの位置なのか早めに知るためにも、できれば高校2年生のうちに一度参加してみることをおすすめします。予備校の良いところは、先生だけでなくほかの生徒にも作品を見てもらい切磋琢磨できる点。デザインは人に見てもらってこそなので、見られることに早めに慣れるのは大事だと思います。お互いに見ることで、人の良いところもどんどん吸収できるので、逆にうまく描けない人の方が成長の速度は速いことが多いんですよ。


自分らしい経験や作品で、相手にインパクトを残す


―実技以外で、すぐにできる対策はありますか?


都立工芸高校の竹野先生


竹野:まずは興味がある大学や学校へ行って先生の話を聞くこと。自分の作品を持って行って見てもらうというのも、印象に残ると思います。特に「学校推薦型選抜」と「総合型選抜」の入試対策で有効だと思います。


髙野:普通高校の生徒はあまりしていないかもしれませんね。都立工芸高校では2年生くらいから行きたい大学の先生とコンタクトを取って、話を聞く機会を持つようにしています。学園祭やオープンキャンパスにも足を運んで、その大学の色を直接見ることは大事です。

だから、試験の時点では先生と何度か面識がある状態が珍しくありません。どんな授業でどんな雰囲気なのか、卒業制作展(卒展)などを見に行って自分の未来のイメージを固めていくことで、入学後のミスマッチを防ぐこともできます。


尾引:大学生が行うインターンシップと一緒で、入試前にすでにいろいろと始まっています。また志望理由や面接で、自分ブランドをどれだけ出せるかというところも重要になります。そのためには高校1年生や2年生の間に、“何か”をやってきていないといけないし、“何か”をつくってきていないといけない。経験や作品をストックするために、とにかくいろいろなことをやっていないといけない。高校3年生になってからアピールするものがない、では遅いんです。


髙野:経験というのは、ものづくりに限らないですよね。例えば旅行に出るのが好きなら、旅行のプランニングをこうやって立てて、こんな風に家族と楽しめたといったような具体的な話をしてくれたら、「行動力があるんだな」と伝わるし。いかに自分らしさ・オリジナリティを出すかが鍵ですね。だから、みんな「自分とは……」ということですごく悩みます。

今後、私たちが戦う相手がAIなどになっていくなかで、1人1人の資質やキャラクターにとても価値が出てくると思います。ただ、AIは今あるものから寄せ集めて素敵なものをつくれるけれど、その事象をつくるのは私たち。新しい分野を切り拓くことはAIにはできないから、新しいものを生み出せる人の力が求められています。


―最後に、デザイン系の学部・学科への進学を考えている高校生へメッセージやアドバイスをお願いします。


都立工芸高校の高野先生


髙野:生徒にもよく話していますが、コンテスト情報サイトの「登竜門」などでいろいろコンペに応募して、今のうちから自分の力をどんどん試してみるといいと思います。何か作品をつくるたびにどんどん成長すると思います。

作品づくりをすることで市場調査もしますよね。過去の作品を見たり、ニーズを調査したり、応募要項や企画に合わせてデザインするという大事なことも学ぶことができるのでぜひチャレンジしてみてください。


竹野:ひとつつくるごとにいろいろな情報を自分で集めるようになるし、そうすると街を歩いていても普段なら見えなかった風景が見えてくるんですよね。だんだんとつくり手側の視点になるので、これまで商品しか見てなかった人も、色の配色をみたり、デザインが気になったり。違った見方ができるようになるので、ぜひ自分の作品をつくって挑戦する機会を持ってみてください。


尾引:デザインの仕事は、世の中や隣の人を助けたり楽しませたりするのが仕事。まずは隣の人を楽しませるために何ができるか考えてごらんと、生徒にもよく話すんです。人を楽しませたいという気持ちが、デザインの扉を開く最初の一歩になると思いますよ。


■東京都立工芸高等学校


東京・文京区にある1907年設立の工芸・デザイン系専門高校。これまで工芸作家・デザイナー・アートディレクター・エンジニアをはじめとした多くの卒業生を輩出している。【設置学科】アートクラフト科、マシンクラフト科、インテリア科、グラフィックアーツ科、デザイン科


 https://www.metro.ed.jp/kogei-h/


文:高野瞳 撮影:小野奈那子 取材・編集:萩原あとり(JDN)

読みもの

ニュース

大賞は穴吹デザイン専門学校2年生!「日本パッケージデザイン学生賞2023」の入賞作品が決定

公益社団法人日本パッケージデザイン協会(JPDA)が主催する、学生向けのアワード「日本パッケージデザイン学生賞2023」の入賞作品が決定。大賞に選ばれたのは、穴吹デザイン専門学校2年生の綾野裕次郎さんの作品「ボーッと⼊浴剤」です。パッケージデザインの新しい魅力と価値を学生と共に発掘・伝播していくことを目的に開催される「日本パッケージデザイン学生賞」。第2回となる今回は「ひらく」をテーマに、オリジナリティのあるパッケージデザインのアイデアが3カ月間募集され、全国の大学・専門学校から513点の応募がありました。受賞作品のべ29点のうち、大賞に選ばれた作品「ボーッと⼊浴剤」は、開封後は船となる入浴剤のパッケージ提案です。ゴミになる入浴剤の袋を、楽しいものに変えたいと考えた作品です。審査委員からは、「不要さトップクラスの入浴剤のパッケージを一気にプラスにする提案」「捨てることのできるおもちゃという視点でもとても実用的」「夢や遊び心を表現しながらも、社会課題に答えているスマートなデザイン」などの評価を得ましたなお、今回の入賞作品は、2025年5月刊行予定の『年鑑日本のパッケージデザイン』に収録されます。
2023年12月11日(月)
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インタビュー
東京デザインプレックス研究所 (昼1年制)

デザインの可能性を広げる「ソーシャルデザイン」の魅力

世界各国で持続可能な社会づくりが求められている昨今。社会の仕組みや制度のデザインを通して世の中の課題を解決するために、さまざまな活動がおこなわれるようになりました。そういった活動は「ソーシャルデザイン」と呼ばれ、時代の変化とともに需要の高まりが見られます。なかでも、ソーシャルデザインを教育コンセプトのひとつに掲げる東京デザインプレックス研究所(以下、TDP)では、学⽣主体のラボラトリー「フューチャーデザインラボ」を企画・運営。「ソーシャル・カルチャー・ビジネス的視点を持つデザイナーを未来に向けて輩出する」ことを⽬的とし、積極的に活動しています。今回、同校の修了生でデザインを通じて社会課題に向き合うプロジェクトに携わる鴻戸美月さん、水島素美さん、兵藤海さん、藤森晶子さんの4名に、「フューチャーデザインラボ」発のプロジェクトの内容やソーシャルデザインの面白さ、身についたスキルなどについて語っていただきました。「死生観」「イマジナリーフレンド」「固定種野菜」「医療」……4人が向き合う社会課題とは――プロジェクトに取り組むことになった経緯についてみなさんにうかがいます。まずは、「さだまらないオバケプロジェクト」のメンバーとして人々の死生観をデザインの力で変えていく活動をしている鴻戸さん、いかがでしょうか。鴻戸美月さん(以下、鴻戸):TDPに入学し、同校が運営する「フューチャーデザインラボ」に所属したことがプロジェクト発足のきっかけです。  前職はアパレル会社に勤務していた鴻戸さん。2019年4月〜9月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講。修了後、フリーランスでデザイン業務をおこないながら「フューチャーデザインラボ」に参加  鴻戸:ラボに所属すると数名でチームを組み、取り組みたいテーマについて話し合います。私が世の中の死生観に興味を持つようになったのは、TDPスタッフの方がお母様を亡くされ、遺品を捨てられないと話していたのがきっかけでした。現代の日本では「死」について語ることはあまり好ましく思われません。そのため、悲しみを一人で抱えて塞ぎ込んでしまう。これは誰もがいつか必ず直面する問題です。だからこそ、私たちは「死」の捉え方をデザインの力で変えていきたいと思いました。遺された人が、亡くなった人との思い出を生きる糧にできるような世の中にしようと、さまざまな製品を開発しています。共通の故人を知る人同士で集まり、故人の思い出を語り合いながら振り返るきっかけをつくるカードゲーム「ソラがハレるまで」。死別によって心に抱えたモヤモヤとした気持ちを発散し、もう一度故人との素敵な思い出と出会ってほしいという思いが込められている ――水島さんも鴻戸さんと同じく「フューチャーデザインラボ」に所属しているんですよね?水島素美さん(以下、水島):本業である経営企画の仕事をする中で、思考が凝り固まっていることに気づき、新しい視点や発想力を身につけるためにTDPでの学び直しを決めました。特に「フューチャーデザインラボ」は未来を予測しながら課題を発見しアプローチするという点で、本業にも学びが活かせそうだと思い参加しました。アパレルブランドの経営企画として働いている水島さん。2019年10月〜2020年6月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、フューチャーデザインラボの第4期生として活動している  ――水島さんは、大人の発想力を高める「オルタナフレンドプロジェクト」のメンバーですが、「オルタナフレンド」とはなんなのでしょう?水島:一言で表すと「大人版イマジナリーフレンド※」です。子供の豊かな発想力によって生み出されるイマジナリーフレンドは、年齢が上がるにつれて消えてしまいます。それなのに、発想力は大人になっても求められる。私自身、本業やラボの活動で、アイデアが思うように出てこなくてやきもきする経験を幾度となくしてきました。そんな中で、イマジナリーフレンドが認知科学の観点で発想力を高める存在として有効だという論文を見つけて、私たち大人に必要なのは発想を手助けしてくれる相棒だと思ったんです。本プロジェクトではワークショップなどを通じて、その相棒として私たちが考えた「オルタナフレンド」を見つける活動をしています。※「イマジナリーフレンド」とは、通常幼少期に見られる「空想上の友人」のこと。発達心理学などで用いられる言葉コミュニティスペース「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」にて、未知の価値に挑戦するプロジェクトとして参加したオルタナフレンドの展示風景。そのほか、日本最大級の科学と社会をつなぐオープンフォーラム「サイエンスアゴラ」などでワークショップを実施  ――現在Web制作会社でデザイナーを本業としている兵藤さんも「フューチャーデザインラボ」所属ですが、ソーシャルデザインに興味を持ったきっかけを教えてください。兵藤海さん(以下、兵藤):TDPのティーチングアシスタントがこのラボを薦めてくれたことが、きっかけでした。もともと自分が本業で培ってきたデザインのスキルを社会に活かしたいという思いが強く、当時コロナ禍だったこともあって何か世の中に貢献したいと感じていたんです。そんな時にラボの存在を知り、これは挑戦しないと後悔するなと応募を決めました。UIデザイナーを経て、現在Web制作会社でデザイナー兼ディレクターとして働いている兵藤さん。2022年1月〜2022年9月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、フューチャーデザインラボ第5期生として活動 ――兵藤さんは絶滅の恐れがある固定種野菜を持続させるためのプロジェクトのメンバーですが、固定種野菜とはどんな野菜なのでしょうか?兵藤:固定種野菜とは、スーパーなどでほとんど出回ることのない、人が手を加えることで何世代にもわたり特性が受け継がれている野菜のことです。これらの野菜は、収穫量が少ないことや外食産業の普及などを理由に生産農家が減り、現在絶滅の危機に直面しています。その現状を知った私たちはフィールドワークとして各地の農家をまわり、固定種野菜の現状について調べていきました。拾い上げた課題をもとにシェフとコラボした試食イベントを開催するなど、固定種野菜の魅力を知ってもらい、ファンを増やす活動をおこなっています。固定種野菜が持続するためのサイクルを「知る・興味→体験→拡散→再購入・新規購入者の獲得→需要増加→生産者増加」と考え、このうち「体験」を提供するイベントを実施。イタリアンレストランのシェフがこの日のために開発した特別メニューを振るまった ――続いて、ストーマ(人工肛門)を手術で造設した患者さんの生活を豊かにするための「ストーマパウチプロジェクト」のメンバーである藤森さん。お三方とは違う経緯でプロジェクトに参加されたんですよね?藤森晶子さん(以下、藤森):私は横浜市立大学先端医科学研究センターのコミュニケーション・デザイン・センターで、医療現場の課題をデザインの力で解決する仕事をしています。本プロジェクトは、ストーマ(人工肛門)を手術で造設した方が排泄物をためておく透明のパウチ(袋)に貼る、デザインステッカーの開発プロジェクトです。患者さんの気持ちを少しでも明るくしたいという大腸外科医の先生の想いから誕生しました。デザインが肝となるプロジェクトなので、ソーシャルデザイン分野で横浜市立大学と長年交流のあるTDPと共同で活動をスタート。本学とTDPの架け橋役として、TDP出身で本学のデザインセンターで働く私が発足メンバーに加わりました。横浜市立大学先端医科学研究センターのコミュニケーション・デザイン・センターのデザイナーとして働く藤森さん。2017年7月〜11月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、修了後「ストリートメディカルスクール(TDPと横浜市立大学との協働カリキュラム。TDPの修了生と医療関係者が集い、デザインや医療のプロフェッショナルに学ぶ教育プログラム)」の1期生に。プログラム修了後も2期生のアドバイザーを務める ――医療分野の課題をデザインで解決するにあたって、どのようなことが大変でしたか?藤森:私たちがデザインしているのは、透明で中身が確認しやすいという医療側のメリットに特化したストーマパウチを、患者さんの好みや気持ちに寄り添ってアレンジするためのステッカーです。しかし、それは機能上なくても問題ないもの。だからこそ、患者さんが使用中に邪魔に感じたり、不具合が起きたりするようなことは決してあってはなりません。ステッカーのグラフィックをデザインして終わりというわけではなく、医療の観点からも使用して問題がないかを細かく検証していく必要があります。ストーマパウチのステッカーデザインはTDPの学生たちが担当。藤森さんはそれらの取りまとめやステッカーカタログのデザインのほか、クラウドファンディングの運営、ストーマパウチメーカーや印刷会社とのやりとり、納品までのディレクションを担当している 完成までは試行錯誤の繰り返しでしたが、先生やストーマパウチメーカー、印刷会社などあらゆる分野のプロの方たちの協力のもと、ステッカーを無事患者さんに届けることができました。大変なことも多かったですが、使っていただいた方から喜びの声をいただいた時は、心からつくって良かったと思いましたね。デザインとは、自分の気づきを形にする力――プロジェクトに取り組んだからこそ得られた学びや身についたスキルはありますか?鴻戸:学生としてデザインを勉強していた時は、自分が身につけた制作スキルで何ができるのか、よくわかっていませんでした。しかし、プロジェクト活動の中で、自分たちで問題を発見し、深掘りし、アイデアを形にするまでやり通す力が身についたと感じています。「デザイン」とは、こうなったらよいと思ったことを自分の手で実現させる力でもあるんだと、身に染みて実感しました。――ソーシャルデザインの対象となる社会課題の中には、鴻戸さんが向き合っている「死」の問題も含まれているのですね。鴻戸:私たちは、課題をデザインで解決したいというより、課題についてみんなが考えるきっかけをつくりたいと考えています。「私たちはこう思うんです!」と信念をぶつける活動ではなく、「こういう考え方をしてみてはどうだろう?」と優しいコミュニケーションをしていきたい。そういういろんなコミュニケーションを生み出すことができるのもデザインの魅力の一つだと思います。違和感と向き合いつづけることが大事――ソーシャルデザインに携わる上で大事なことを教えてください。兵藤:ソーシャルデザインの活動では、自分の気持ちや違和感を大事にすることがすごく大切だと思います。自分たちが提起した問題に対して、本気で解決したいという想いが、人々に共感されるデザインを生み出します。もし日常にちょっとした違和感を覚えているなら、その感覚を大事にしながら、いろんなソーシャルデザインの事例を調べてみるのもいいかもしれません。水島:仕事をしていると自分では違和感があっても、それを受け入れるのが大人だという価値観が当たり前になりがちです。私もそうでした。しかし、ラボでの活動を通して世の中の当たり前に対して「本当にそうなのか?」と自分で問いを立てる力が身につきました。デザインの領域は目に見えるものだけでなく、課題提起や戦略、コンセプトなど目に見えない部分まで広がっています。特にソーシャルデザインはその目に見えない部分を考え抜く力が試される分野です。そういった思考力を身につけたい人にとっては最高のフィールドだと思います!アイデアを形にすることから始めてみてほしい――最後に、デザイン分野に興味を持っている読者のみなさんにメッセージをお願いします!藤森:ソーシャルデザインに取り組む中での一番のやりがいは、自分の頭の中のものを社会に役立つ形で具現化できることです。口頭だけのアイデアや実現性のないイメージでとどまっていたものを最後までつくり切ることは、自信にもつながります。もちろんつくってみて初めてわかる自分の至らなさもたくさんあります。だけど、より良いものをつくるために、頭の中だけで終わらせずに、とにかくスケッチや模型など自分の手でつくってみることを大事にしてほしいです。そういった機会がTDPには豊富にあるので、デザインに少しでも興味のある方はぜひチャレンジしてほしいと思います!取材・文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:加藤雄太 編集:萩原あとり(JDN)
2023年8月29日(火)
インタビュー
武蔵野美術大学

学生デザイナー×学生経営者が二人三脚で運営するショップ「アナザー・ジャパン」の学びとは?

いま、デザイナーに求められているのは、製品の形やパッケージなどの目に見えるものだけではなく、コンセプトや戦略のような、形のないものまでデザインする力。そんな広義のデザイン力を養える場でもあるのが、『新しい発見と懐かしさを届け、もうひとつの日本をつくる』をビジョンに掲げ、学生が本気で経営を学び実践する47都道府県地域産品セレクトショップ「アナザー・ジャパン」です。(Photo : Kiyoshi Nishioka) 舞台は東京駅前の再開発プロジェクト「TOKYO TORCH」。参加するのは、「郷土愛」と「フロンティアスピリット」を持ち、数ヶ月間にわたる選考を経て集まった学生21名。店頭に置かれる商品は2ヶ月ごとに産地を変え、入れ替わるシステムです。日本全国を地域ブロックごとの6チームに分け、3人の経営担当の学生と、伴走するデザイン担当の学生1人が商品の仕入れから店舗づくり、運営、接客までを担います。なかでも今回は、デザイン担当の学生として、「アナザー・ジャパン」の経営を支える3名のデザイナーを紹介。デザイナーとして応募しようと思った理由や活動内容、得られた学び、卒業後の夢や目標について語っていただきました。それぞれの応募のきっかけとデザインへの思い――まず、みなさんが経営者枠ではなく、デザイナー枠で応募した理由を教えてください。谷中晴香(たになかはるか) 群馬県出身。群馬大学医学部医学科4年生谷中晴香さん(以下、谷中):もともと大手教育企業の学生チームで、デザイン統括としてWebサイトやアプリ、販促物などのデザインを担当していたこともあり、平面デザインは経験がありました。将来は医師になると考えたときに、空間デザインやそのほかのデザイン分野についても学んでみたいと思ったのが応募のきっかけです。医療の世界はデザイン分野が未開拓で、たとえば手術などに関する説明書きや院内の明るさ、器具の配置など、あらゆるところにデザインが介入する余地があると感じています。だから学生のうちに、どこまでデザインで解決できるのかを知ってみたいと思いました。今井咲希(いまいさき) 神奈川県出身。武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科3年生今井咲希さん(以下、今井):私は、もともと美術大学を志望した理由も「地域活性に携わりたい」という思いからでした。自分で創造性を操れる人の方が自分の思考を社会に反映させやすいと考え、その術を身につけたいと思ったんです。またデザインを人に届けるためには、戦略的な部分も同時に学ばないといけないと考えていて、アナザー・ジャパンでは戦略を練るところから経営者と伴走しつつ、クリエイティブなアウトプットもできる点に惹かれました。滝本陸人(たきもとりくと) 埼玉県出身。早稲田大学文化構想学部文化構想学科3年生滝本陸人さん(以下、滝本):僕は大学1年生のときに趣味でデザインをはじめて創作の楽しさに目覚め、2年生でグラフィックデザイナーとして個人で活動していました。そんななかで自分をもっと鍛えたい、自分のデザインや考え方を成熟させたいと思ったのが応募した理由です。デザイン事務所のインターンなども探していたけど、一番の決め手は、コンセプトから構想したり、お店づくりから携われたりすること。何年も経験を積み上げてきたデザイナーしかやらせてもらえないような仕事に挑戦できるというのは貴重な機会だと思いました。学生が考える、組織でのデザイナーの役割――研修を受け、それぞれプロジェクトを進めているとうかがいました。具体的にどんな活動をしていますか?谷中:研修ではまず、それぞれが各地域の担当チームに入って、3人の経営者がどんな思いを持っているか聞いた上でコンセプトづくりをします。これがデザイナーとして最初の仕事。並行して、アナザー・ジャパンらしさを表現したイメージコラージュを作成。こういう雰囲気のお店にしようとか、こういう雰囲気の場所に並ぶような商品を集めよう、などを考えていきます。これは経営者の商品セレクトにも反映されます。滝本:僕は九州を担当しています。イメージコラージュと並行して、企画自体のコンセプトづくりや陳列方法、タペストリーなどのデザイン、地域の事業者さんとのコラボ商品のパッケージデザインなどの準備に追われています。九州担当の滝本さんが制作したタペストリー。2023年8月9日~10月1日まで開催している「アナザー・キュウシュウ」にて使用される今井:私はコンセプト成形から商品のセレクトまでをおこないつつ、近隣のホテルやビルに置かせてもらうチラシや掲示するポスターなど、販促物のデザインを進めています。また、コンセプトや雰囲気が伝わるビジュアルをつくるための撮影に立ち会い、プロのデザイナーやカメラマンにサポートしていただきながらスタイリングやディレクションも経験しました。――経営者に伴走しながら、デザイナーとしてさまざまな場面で活動されていると思いますが、デザイナーにはどんな役割が求められていると感じますか? 経営チームとデザイナーチームによるミーティングの様子谷中:課題を解決することが、デザイナーの役割だと思います。経営者もそれぞれにクリエイティビティがあって、表現したいコンセプトなどがあるなかで、根本的な課題や目指したいところはどこだろうと考え、収束させること。いまはそこを意識して、いろいろなクリエイティビティをまとめてコンセプトづくりをしています。今井:私は課題解決に加えて、新しい価値を提供するというのもデザイナーやクリエイティビティの役目だと感じています。その新しい価値を提供するためには、ものの本質、根源を突き詰めて見極める力も重要で、そこがデザイン力だと思います。滝本:参加する前は、デザイン的な思考力がなかったなと気づきました。想像力だけだった。コンセプトを決めたり、イメージコラージュをつくったりするときなどは、何をあらわしたいのか、何がその地域らしさなのかをリサーチから引き出して、土台をつくって考えないといけない。そういったやり方を知ったのは衝撃でした。アート寄りの頭だったのが、研修を経てデザインの思考に変わってきている感じはあります。デザイナーもロジカルに考える力が大事で、経営者の視点も持ちながら、いろいろなアイデアをまとめたり、違う切り口でアイデアを出したりして議論を進展させる努力も必要だと思いました。壁にぶつかりながら得た、新しい学びとは――いまぶつかっている壁や学びはありますか?谷中:異なる人のいろいろな考えを、背景もふまえた上でまとめるということが難しいと感じています。最終的に1つの意見にするためにはほかの意見を捨てなくてはいけない。研修では、「やらなくていいことを決める」ことが大事だと学びました。そのときに大切だと思ったのが、その決断に関わるすべての人と話をすること。だからこそ、同じビジョンを持つこと、率直な意見が言える関係性や心理的安全性が大事だと学びました。今井:困難なことは、経営者との間でデザインの共通言語をいかに築いていくかというところです。デザインの方向性はパッと決まるものではなくて、背景があってこそ生まれます。そういった内容を理解しやすく伝えるのはデザイナーの役割でもあるなと。表面を作るだけがデザインではなくて、背景やビジョンをデザインするまでがデザインの領域であるということを一人でも多くの人に周知していく必要があると感じました。 サービスデザインだったり、人の心理に働きかけるデザインだったり。単なるものづくりやビジュアルデザインではないからこそ、社会が新しい方向を向いていくのかなと。実社会に出たときもここでの学びが生かせるようにしたいですね。滝本:ふと思いついたアイデアでは解決できない課題が多く、そこに至るまでの背景、本質を理解することがとても重要だと気づきました。同時に、自分のリサーチ力不足にもぶつかって。将来デザイナーをやるのか、ほかの仕事につくかわからないけど、取り組み方を変えないと活躍できないだろうと思い知らされました。いい意味で我流を見直し、自分に足りなかったものを摂取できている。将来どんな道に進んでも、大事なことだなと思っています。デザインの楽しさを再確認。これからに生かせること――初めてのことばかりで大変なことも多いなか、楽しいと感じることはありますか?滝本:うまくいかないもどかしさが続いて、ようやく手を動かしてビジュアルをつくっているけど、改めてつくるのって楽しいなと思っています。しっかりリサーチをした上でつくるということを理解して、これまでと違う心持ちでデザインと向き合うことで、最初にデザインをはじめたときと同じ高揚を感じています。今井:経営者チームとやりとりを重ねて、一緒に形にできたときはやりがいを感じますし、デザイナーチームのみんなと作業をすることは少ないけど、同じ境遇だろうと考えると心強いです。同じ土俵に立つデザイナーの仲間ができたことは、私の中では支えになっています。谷中:私も、デザイナーであり仲間を得られたのは、心の支えになっています。自分がデザインしたものに対して、同じ目線でいろいろ言い合えることは新鮮で楽しいです。滝本:僕は2人から学ぶことが多いですね。自分にはなにが足りないか考える機会にもなっています。谷中:それぞれが違うタイプだからこそ、お互いのいいところを見て盗みあえるというか、参考にできるところはありますね。集まったときには情報共有ができるし、別のチームだけど似たところで詰まっていたり。組織の関係性もいいと感じます。――最後に、ここでの学びを今後どう繋げていきたいと考えていますか?滝本:将来を決めかねてはいますが、どんな仕事についても、課題をみつけて本質を理解して、形にならないものをデザインしていくことは同じだなと。自分の考えをどんどんブラッシュアップしていくスキルは必ずどこかで生きてくると思います。今井:日本を編集的な視点で見るのもそうですし、将来どこかの街のコミュニティに入ったときも、住人の思いにいかに寄り添うアウトプットができるか、その術を空間設計やビジュアル、言葉のデザインを通して身につけることができていると感じます。将来は地域デザインに携わりたいので、この力を生かして、地域に合ったクリエイティブをつくれるクリエイターになりたいと思います。谷中:卒業後は、医師兼デザイナーとして活動したいと思います。難しい内容をわかりやすくする平面デザインから、空間デザイン、さらに患者さんが着る洋服や病院の食事まで、広義のデザインでトータル的に患者さんを元気にしたい。どこまでデザインで介入できるかわからないけど、いろいろな方法を模索していきたいと思っています。目の前の病気だけでなく、患者さんの豊かな人生までもデザインできるような医者になりたいと思います。地域で活躍するデザイナー・坂本大祐さんより若者にメッセージ合同会社オフィスキャンプ代表 坂本大祐(さかもとだいすけ)「アナザー・ジャパン」のクリエイティブに携わるプロのデザイナーで、日本各地の課題をデザインの力で解決している坂本大祐さん。そんな坂本さんから、デザインに関心のある学生に向けたメッセージをいただきました。若い世代のみなさんは、新しいことだけでなく、我々が古いと思っていたことにも新しさを見つけ、おもしろがってくれていると感じます。そして我々よりも、もっとウェットに世の中や地域と付き合っているなという印象です。デジタルネイティブであることにも、ものすごい可能性を感じています。さまざまな地域で活動していて実感しますが、ネットやテレビで見聞きするほど地域はパラダイスではないし、すごく閉鎖的で後進的な場所でもありません。それは都市でも同じ。魅力も課題も地域によってさまざまです。 だから、もし将来地域で活躍するデザイナーになりたいと考えている方は、ぜひ実際に足を運んで、自分の目で見て、話を聞いて、そこで得られた情報から判断してほしいと思います。興味があるなら、リアルな自分だけの体験をなるべく増やして、活躍していってもらいたいですね。文:高野瞳 撮影:井手勇貴 取材・編集:萩原あとり(JDN)
2023年8月23日(水)