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代替を超えたバイオ素材の可能性を探る─グッドデザイン・ニューホープ賞最優秀賞(1)

受賞者インタビュー
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将来のデザイン分野の発展を担う、新しい世代の活動支援を目的とするグッドデザイン・ニューホープ賞。グッドデザイン賞がプロ・企業の商品やサービスを対象にしているのに対し、大学や専門学校などに在学中の学⽣や卒業・修了直後の新卒社会人によるデザインを対象に実施される。


応募カテゴリーは「物のデザイン」「場のデザイン」「情報のデザイン」「仕組みのデザイン」の4つで、テーマは自由。応募者が在学期間中に独自に制作したものであれば、大学や専門学校などのゼミの課題制作や卒業制作、自主研究などの作品を応募することも可能だ。また、受賞後にはデザイナーや建築家によるワークショップへの参加など、独自のプログラムが用意されている。


グッドデザイン・ニューホープ賞のメインビジュアル2023年度グッドデザイン・ニューホープ賞の審査委員長はクリエイティブディレクターの齋藤精一さん、副委員長を建築家の永山祐子さんが務めた。応募総数415点の中から78点が受賞、そのうち各カテゴリーの上位2点、合計8点が最終審査に進み、最優秀賞1点が決定した

 

第2回目となる2023年度の最優秀賞を受賞したのは、武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科卒の項 雅文さんによる「代替を超えるバイオ素材ー生えるおもちゃMYMORI」。キノコの菌糸体を素材にした子ども向けのおもちゃキットで、バイオ素材が置かれている現状を見直し、他素材の代替品としない未来の在り方を考え、生まれた作品だ。


今回、同作品をデザインした項さんに、作品の制作背景やコンペへの取り組み方、受賞後の変化などをうかがった。


社会課題を解決する手段を学んだ学生生活


――まずは項さんご自身について伺いたいと思います。大学ではどのようなことを学んでいましたか?


取材を受ける項さん項 雅文(こう がぶん)武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科を卒業後、新卒で株式会社ディー・エヌ・エーに就職。現在はデザイン統括部に所属し、デザイナーとして活躍

 

私は2019年に新設された、武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科の1期生として学びました。社会課題の解決の手法や新しい価値を生み出すための考え方を学ぶような比較的新しいタイプの学科で、アウトプットの方法は絵画やグラフィックデザイン、映像などさまざまでした。


美術大学の一般的な学部であれば、まず絵画や映像など専門領域のスキルを身につけて作品をつくる流れだと思います。しかし所属していた学科は、産学共同のプロジェクトなどで実社会における課題を発見し、その解決策について表現方法を含め柔軟に考えるといったスタイルでした。デザインを目的ではなく手段として捉えているのが面白いと思います。


――例えばどのような課題に取り組みましたか?


学科のキャンパスがある東京・市ヶ谷駅周辺の課題を見つけてくるというお題がありましたね。実際に街を歩いて観察するなかで、地下鉄のコンビニの前でおにぎりを食べるサラリーマンの姿が目に入って。市ヶ谷にはオフィスや学校が多く、春には桜が咲き誇る大きな川が流れていたりもするのに、ゆっくり休んだり昼食をとったりできるスペースがないことに気づきました。これに対して私は、川沿いに人が休めるような公共の場をつくる案を提案しました。


項さんの学生時代の作品「WITH RIVER」の画像資料


授業で制作したプレゼン資料。都心において、自然の力を借りて心を休ませる場「WITH RIVER」を提案

 

この課題の評価はよかったのですが、ある教授から少し面白さや斬新さが足りないとアドバイスをいただいて。それから、自分にしかつくれないものや社会に新しい価値を生み出せるものはなにか?ということを意識するようになりましたね。


――もともと項さんがクリエイティブイノベーション学科に進学しようと思った決め手はなんだったのでしょうか?


私は中国の上海出身で、高校卒業とともに日本の大学を志しました。子どものころから美しいものが好きで、インターネットで好きなデザインに触れるうちに、日本のプロダクトデザインが世界的に見ても高いレベルにあることを知ったんです。日本のプロダクトは、特に機能面などでユーザーに配慮されたデザインが多いですよね。


高校時代は理系のクラスだったこともあって、大学でも造形的なことだけではなく社会的な課題や科学の領域と接続したデザインを学びたいという思いがありました。その点、クリエイティブイノベーション学科のカリキュラムが私に合っていると思ったんです。ちなみに、私のゼミの先生は物理学の出身です。幅広い領域の課題に取り組むなかでデザインの可能性が広がったと思います。


――大学卒業後は株式会社ディー・エヌ・エーのデザイン統括部に就職されています。現在のおもなお仕事内容についても伺えますか?


現在はアートディレクショングループという部署に所属し、全社横断的な案件のデザインを担当しています。特に、企業のブランドイメージやコンセプトを目に見える形にビジュアライズするCIやVIに携わっています。


作品の価値を確かめるためにニューホープ賞に応募


――項さんが今回の「グッドデザイン・ニューホープ賞」に応募したのは新卒1年目の6月だったとうかがいました。どのような経緯でアワードを知り、応募を決めたのでしょうか。


美術館に展示を観にいった際にニューホープ賞のチラシを見つけたのがきっかけでした。今回応募したキノコの菌糸体を素材にしたおもちゃキットは、大学の卒業制作で取り組んだ作品です。この作品にどれくらいの価値があり、自分のアイデアが社会的にどう評価されるのかを確かめるために、ニューホープ賞は絶好の機会だと思いました。菌糸体でものづくりをする楽しさや素材としての可能性を多くの人に知ってもらいたかったんです。

 

受賞作品の生えるおもちゃ「MYMORI」受賞作品の生えるおもちゃ「MYMORI」

 

また、卒業制作展のときに教授から「この作品は惜しいところがある」とコメントをもらったのが卒業後も印象に残っていて、もう少しブラッシュアップする余地があるかもしれないと思っていたのも、応募のきっかけのひとつです。今後、どういうデザイナーになりたいかを考えるためにも、もう一度多くの人に評価してもらえるチャンスだなと。


――作品をブラッシュアップする絶好の機会になったんですね。改めて、今回最優秀賞を受賞した「代替を超えるバイオ素材ー生えるおもちゃMYMORI」の概要を教えてください。


「MYMORI」は、家で育てるキノコの菌糸体を素材にした、3歳から10歳までの子ども向けおもちゃキットです。キノコの菌糸体という環境にやさしいバイオ素材を用いているのがポイントです。子どもたちはバイオ素材を身近に感じながら、キットを利用する体験によって能動的なものづくりを学ぶことができます。


受賞作品「MYMORI」の写真色を塗ったり、絵を描いたり、積み木やパズルのようにして遊んだりすることができる

 

――この作品に行き着いた背景には、どのような問題意識があったのでしょう。


最初は同じゼミの友人に菌糸体の存在を教えてもらって。栽培するプロセスが楽しかったのと、出来上がったものの感触のよさなどに惹かれました。


バイオ素材であるキノコの菌糸体は優れた耐熱性や軽さなどの特性があり、特にプラスチックの代替品として注目されることが多いです。もともとこうした「循環型のデザイン」みたいなものにはすごく興味があったのですが、菌糸体は単なるプラスチックの代替としてではない、新しいものづくりの素材としての可能性を感じました。加工が必要なプラスチックと比べて、家庭で簡単に制作できるのも利点です。


今回の作品づくりの背景には、このバイオ素材が代替品を超えた次世代のスタンダードになればいいなという思いがありました。


――そこから「おもちゃ」という形はすぐに導き出されたのでしょうか?


おもちゃにいたるまでにはかなり悩んで、さまざまな形を試しましたね。お皿をつくったこともありましたが、市販のものに比べると丈夫さもなく、ゴミにならずに土に還る以外にメリットがあるのかなと疑問に感じて。これはまだ既存素材の代替に留まっているなと思いました。そこで、手触りもいい菌糸体が一番合うものは何だろう?と考え、おもちゃを思いついて。ザラザラした表面や軽い特質も活かし、最終的にパズルや積み木のような形状にたどり着きました。


菌糸体は菌なので「なんとなく汚そう」と思われてしまうことも多く、そのイメージを払拭したいという狙いもありましたね。実際、キノコの菌はそこまで強くはなく、バイ菌が入るとすぐに死んでしまうような繊細で綺麗なものなんです。森の香りを感じたり、少し弾力がある感触もすごくいい。そうした素材自体に愛着を持ってもらうためにも、おもちゃというアウトプットは最適だったと思います。キットのビジュアルデザインにも力を入れました。


取材を受ける項さん

読みもの

コンテスト型新企画「KNOCK」スタート!企業が高校生の作品を募集

高校生向けコンテスト型の新企画「KNOCK」とは?「絵を描くことが好き」「アイデアを考えることが好き」「ものづくりが好き」というデザイナー・クリエイターの卵のみなさん!クリエイティブを学び、将来を考える人のための情報サイト「デザインノトビラ」は、そんなみなさんから作品・アイデアを大募集する新企画、「KNOCK」をスタートします。「KNOCK」では今後さまざま企業が不定期にテーマを出題。高校生のみなさんだからこそ生み出せる、フレッシュで自由なアイデアや作品を募ります! 将来を考えるきっかけとして、作品発表の場として、まずは「KNOCK」でデザインのトビラを叩いてみませんか?高校生が「KNOCK」に応募すると、いいことが!あなたの作品が社会に出るチャンス!企業・クリエイターに作品を審査してもらえる!素敵な賞金や賞品がもらえる!応募のしかた募集中のテーマ一覧から挑戦したいテーマを選ぼう!締切までに作品をつくろう!作品応募フォームへの投稿で、応募完了!決まった期日まで、ドキドキしながら結果を待とう……!募集中のテーマ一覧(新着順)デザインノトビラ(株式会社 JDN)「KNOCK」のメイングラフィック募集(8月30日15:00締切)始まったばかりの新企画「KNOCK」のメイングラフィックを大募集!サイト内で注目を集める、すてきなグラフィック作品を募集します最優秀賞(1点) Amazonギフトカード3万円分、作品を企画のメインページグラフィックに採用このテーマの募集要項を見る今後も続々と、このページでテーマを出題していきます!
2024年7月16日(火)
ニュース

大賞は穴吹デザイン専門学校2年生!「日本パッケージデザイン学生賞2023」の入賞作品が決定

公益社団法人日本パッケージデザイン協会(JPDA)が主催する、学生向けのアワード「日本パッケージデザイン学生賞2023」の入賞作品が決定。大賞に選ばれたのは、穴吹デザイン専門学校2年生の綾野裕次郎さんの作品「ボーッと⼊浴剤」です。パッケージデザインの新しい魅力と価値を学生と共に発掘・伝播していくことを目的に開催される「日本パッケージデザイン学生賞」。第2回となる今回は「ひらく」をテーマに、オリジナリティのあるパッケージデザインのアイデアが3カ月間募集され、全国の大学・専門学校から513点の応募がありました。受賞作品のべ29点のうち、大賞に選ばれた作品「ボーッと⼊浴剤」は、開封後は船となる入浴剤のパッケージ提案です。ゴミになる入浴剤の袋を、楽しいものに変えたいと考えた作品です。審査委員からは、「不要さトップクラスの入浴剤のパッケージを一気にプラスにする提案」「捨てることのできるおもちゃという視点でもとても実用的」「夢や遊び心を表現しながらも、社会課題に答えているスマートなデザイン」などの評価を得ましたなお、今回の入賞作品は、2025年5月刊行予定の『年鑑日本のパッケージデザイン』に収録されます。
2023年12月11日(月)
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インタビュー
東京デザインプレックス研究所 (昼1年制)

デザインの可能性を広げる「ソーシャルデザイン」の魅力

世界各国で持続可能な社会づくりが求められている昨今。社会の仕組みや制度のデザインを通して世の中の課題を解決するために、さまざまな活動がおこなわれるようになりました。そういった活動は「ソーシャルデザイン」と呼ばれ、時代の変化とともに需要の高まりが見られます。なかでも、ソーシャルデザインを教育コンセプトのひとつに掲げる東京デザインプレックス研究所(以下、TDP)では、学⽣主体のラボラトリー「フューチャーデザインラボ」を企画・運営。「ソーシャル・カルチャー・ビジネス的視点を持つデザイナーを未来に向けて輩出する」ことを⽬的とし、積極的に活動しています。今回、同校の修了生でデザインを通じて社会課題に向き合うプロジェクトに携わる鴻戸美月さん、水島素美さん、兵藤海さん、藤森晶子さんの4名に、「フューチャーデザインラボ」発のプロジェクトの内容やソーシャルデザインの面白さ、身についたスキルなどについて語っていただきました。「死生観」「イマジナリーフレンド」「固定種野菜」「医療」……4人が向き合う社会課題とは――プロジェクトに取り組むことになった経緯についてみなさんにうかがいます。まずは、「さだまらないオバケプロジェクト」のメンバーとして人々の死生観をデザインの力で変えていく活動をしている鴻戸さん、いかがでしょうか。鴻戸美月さん(以下、鴻戸):TDPに入学し、同校が運営する「フューチャーデザインラボ」に所属したことがプロジェクト発足のきっかけです。  前職はアパレル会社に勤務していた鴻戸さん。2019年4月〜9月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講。修了後、フリーランスでデザイン業務をおこないながら「フューチャーデザインラボ」に参加  鴻戸:ラボに所属すると数名でチームを組み、取り組みたいテーマについて話し合います。私が世の中の死生観に興味を持つようになったのは、TDPスタッフの方がお母様を亡くされ、遺品を捨てられないと話していたのがきっかけでした。現代の日本では「死」について語ることはあまり好ましく思われません。そのため、悲しみを一人で抱えて塞ぎ込んでしまう。これは誰もがいつか必ず直面する問題です。だからこそ、私たちは「死」の捉え方をデザインの力で変えていきたいと思いました。遺された人が、亡くなった人との思い出を生きる糧にできるような世の中にしようと、さまざまな製品を開発しています。共通の故人を知る人同士で集まり、故人の思い出を語り合いながら振り返るきっかけをつくるカードゲーム「ソラがハレるまで」。死別によって心に抱えたモヤモヤとした気持ちを発散し、もう一度故人との素敵な思い出と出会ってほしいという思いが込められている ――水島さんも鴻戸さんと同じく「フューチャーデザインラボ」に所属しているんですよね?水島素美さん(以下、水島):本業である経営企画の仕事をする中で、思考が凝り固まっていることに気づき、新しい視点や発想力を身につけるためにTDPでの学び直しを決めました。特に「フューチャーデザインラボ」は未来を予測しながら課題を発見しアプローチするという点で、本業にも学びが活かせそうだと思い参加しました。アパレルブランドの経営企画として働いている水島さん。2019年10月〜2020年6月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、フューチャーデザインラボの第4期生として活動している  ――水島さんは、大人の発想力を高める「オルタナフレンドプロジェクト」のメンバーですが、「オルタナフレンド」とはなんなのでしょう?水島:一言で表すと「大人版イマジナリーフレンド※」です。子供の豊かな発想力によって生み出されるイマジナリーフレンドは、年齢が上がるにつれて消えてしまいます。それなのに、発想力は大人になっても求められる。私自身、本業やラボの活動で、アイデアが思うように出てこなくてやきもきする経験を幾度となくしてきました。そんな中で、イマジナリーフレンドが認知科学の観点で発想力を高める存在として有効だという論文を見つけて、私たち大人に必要なのは発想を手助けしてくれる相棒だと思ったんです。本プロジェクトではワークショップなどを通じて、その相棒として私たちが考えた「オルタナフレンド」を見つける活動をしています。※「イマジナリーフレンド」とは、通常幼少期に見られる「空想上の友人」のこと。発達心理学などで用いられる言葉コミュニティスペース「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」にて、未知の価値に挑戦するプロジェクトとして参加したオルタナフレンドの展示風景。そのほか、日本最大級の科学と社会をつなぐオープンフォーラム「サイエンスアゴラ」などでワークショップを実施  ――現在Web制作会社でデザイナーを本業としている兵藤さんも「フューチャーデザインラボ」所属ですが、ソーシャルデザインに興味を持ったきっかけを教えてください。兵藤海さん(以下、兵藤):TDPのティーチングアシスタントがこのラボを薦めてくれたことが、きっかけでした。もともと自分が本業で培ってきたデザインのスキルを社会に活かしたいという思いが強く、当時コロナ禍だったこともあって何か世の中に貢献したいと感じていたんです。そんな時にラボの存在を知り、これは挑戦しないと後悔するなと応募を決めました。UIデザイナーを経て、現在Web制作会社でデザイナー兼ディレクターとして働いている兵藤さん。2022年1月〜2022年9月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、フューチャーデザインラボ第5期生として活動 ――兵藤さんは絶滅の恐れがある固定種野菜を持続させるためのプロジェクトのメンバーですが、固定種野菜とはどんな野菜なのでしょうか?兵藤:固定種野菜とは、スーパーなどでほとんど出回ることのない、人が手を加えることで何世代にもわたり特性が受け継がれている野菜のことです。これらの野菜は、収穫量が少ないことや外食産業の普及などを理由に生産農家が減り、現在絶滅の危機に直面しています。その現状を知った私たちはフィールドワークとして各地の農家をまわり、固定種野菜の現状について調べていきました。拾い上げた課題をもとにシェフとコラボした試食イベントを開催するなど、固定種野菜の魅力を知ってもらい、ファンを増やす活動をおこなっています。固定種野菜が持続するためのサイクルを「知る・興味→体験→拡散→再購入・新規購入者の獲得→需要増加→生産者増加」と考え、このうち「体験」を提供するイベントを実施。イタリアンレストランのシェフがこの日のために開発した特別メニューを振るまった ――続いて、ストーマ(人工肛門)を手術で造設した患者さんの生活を豊かにするための「ストーマパウチプロジェクト」のメンバーである藤森さん。お三方とは違う経緯でプロジェクトに参加されたんですよね?藤森晶子さん(以下、藤森):私は横浜市立大学先端医科学研究センターのコミュニケーション・デザイン・センターで、医療現場の課題をデザインの力で解決する仕事をしています。本プロジェクトは、ストーマ(人工肛門)を手術で造設した方が排泄物をためておく透明のパウチ(袋)に貼る、デザインステッカーの開発プロジェクトです。患者さんの気持ちを少しでも明るくしたいという大腸外科医の先生の想いから誕生しました。デザインが肝となるプロジェクトなので、ソーシャルデザイン分野で横浜市立大学と長年交流のあるTDPと共同で活動をスタート。本学とTDPの架け橋役として、TDP出身で本学のデザインセンターで働く私が発足メンバーに加わりました。横浜市立大学先端医科学研究センターのコミュニケーション・デザイン・センターのデザイナーとして働く藤森さん。2017年7月〜11月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、修了後「ストリートメディカルスクール(TDPと横浜市立大学との協働カリキュラム。TDPの修了生と医療関係者が集い、デザインや医療のプロフェッショナルに学ぶ教育プログラム)」の1期生に。プログラム修了後も2期生のアドバイザーを務める ――医療分野の課題をデザインで解決するにあたって、どのようなことが大変でしたか?藤森:私たちがデザインしているのは、透明で中身が確認しやすいという医療側のメリットに特化したストーマパウチを、患者さんの好みや気持ちに寄り添ってアレンジするためのステッカーです。しかし、それは機能上なくても問題ないもの。だからこそ、患者さんが使用中に邪魔に感じたり、不具合が起きたりするようなことは決してあってはなりません。ステッカーのグラフィックをデザインして終わりというわけではなく、医療の観点からも使用して問題がないかを細かく検証していく必要があります。ストーマパウチのステッカーデザインはTDPの学生たちが担当。藤森さんはそれらの取りまとめやステッカーカタログのデザインのほか、クラウドファンディングの運営、ストーマパウチメーカーや印刷会社とのやりとり、納品までのディレクションを担当している 完成までは試行錯誤の繰り返しでしたが、先生やストーマパウチメーカー、印刷会社などあらゆる分野のプロの方たちの協力のもと、ステッカーを無事患者さんに届けることができました。大変なことも多かったですが、使っていただいた方から喜びの声をいただいた時は、心からつくって良かったと思いましたね。デザインとは、自分の気づきを形にする力――プロジェクトに取り組んだからこそ得られた学びや身についたスキルはありますか?鴻戸:学生としてデザインを勉強していた時は、自分が身につけた制作スキルで何ができるのか、よくわかっていませんでした。しかし、プロジェクト活動の中で、自分たちで問題を発見し、深掘りし、アイデアを形にするまでやり通す力が身についたと感じています。「デザイン」とは、こうなったらよいと思ったことを自分の手で実現させる力でもあるんだと、身に染みて実感しました。――ソーシャルデザインの対象となる社会課題の中には、鴻戸さんが向き合っている「死」の問題も含まれているのですね。鴻戸:私たちは、課題をデザインで解決したいというより、課題についてみんなが考えるきっかけをつくりたいと考えています。「私たちはこう思うんです!」と信念をぶつける活動ではなく、「こういう考え方をしてみてはどうだろう?」と優しいコミュニケーションをしていきたい。そういういろんなコミュニケーションを生み出すことができるのもデザインの魅力の一つだと思います。違和感と向き合いつづけることが大事――ソーシャルデザインに携わる上で大事なことを教えてください。兵藤:ソーシャルデザインの活動では、自分の気持ちや違和感を大事にすることがすごく大切だと思います。自分たちが提起した問題に対して、本気で解決したいという想いが、人々に共感されるデザインを生み出します。もし日常にちょっとした違和感を覚えているなら、その感覚を大事にしながら、いろんなソーシャルデザインの事例を調べてみるのもいいかもしれません。水島:仕事をしていると自分では違和感があっても、それを受け入れるのが大人だという価値観が当たり前になりがちです。私もそうでした。しかし、ラボでの活動を通して世の中の当たり前に対して「本当にそうなのか?」と自分で問いを立てる力が身につきました。デザインの領域は目に見えるものだけでなく、課題提起や戦略、コンセプトなど目に見えない部分まで広がっています。特にソーシャルデザインはその目に見えない部分を考え抜く力が試される分野です。そういった思考力を身につけたい人にとっては最高のフィールドだと思います!アイデアを形にすることから始めてみてほしい――最後に、デザイン分野に興味を持っている読者のみなさんにメッセージをお願いします!藤森:ソーシャルデザインに取り組む中での一番のやりがいは、自分の頭の中のものを社会に役立つ形で具現化できることです。口頭だけのアイデアや実現性のないイメージでとどまっていたものを最後までつくり切ることは、自信にもつながります。もちろんつくってみて初めてわかる自分の至らなさもたくさんあります。だけど、より良いものをつくるために、頭の中だけで終わらせずに、とにかくスケッチや模型など自分の手でつくってみることを大事にしてほしいです。そういった機会がTDPには豊富にあるので、デザインに少しでも興味のある方はぜひチャレンジしてほしいと思います!取材・文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:加藤雄太 編集:萩原あとり(JDN)
2023年8月29日(火)