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武蔵野美術大学

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所在地
〒187-8505
東京都小平市小川町1-736

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インタビュー
武蔵野美術大学

デザインへの入り口はひとつじゃない。「デザインノトビラ」ロゴデザインに込めた思い

デザインを学び、将来を考えたい人のための情報サイトとしてオープンした「デザインノトビラ」。デザイン・クリエイティブを学ぶ楽しさを表現したカラフルなロゴデザインは、クリエイターズクラブ「NEW」が手がけています。武蔵野美術大学出身の4人のデザイナーによって結成された「NEW」のみなさんに、ロゴデザインのプロセスをはじめ、学生時代の思い出や卒業制作、これからデザイン・クリエイティブを学ぶ人に向けたメッセージをお話いただきました。デザインの世界へのトビラを表現した12種類のロゴデザイン――今回は「デザインノトビラ」のロゴをデザインしていただきありがとうございました!デザインノトビラは、これからデザイン・クリエイティブを学ぶ人へ向けた情報を発信するサイトなので、デザインの世界へと進むワクワク感を表現したデザインをお願いさせていただきました。依頼を受けてから、どのようにデザインを進めていきましたか?山田十維さん(以下、山田):NEWはいつも2人1組でプロジェクトに臨むことが多いのですが、実は今回はじめて全員一つずつ案を出し合ってつくってみました。採用していただけた僕の案のコンセプトは、「デザインを学ぶ人の第一歩」。しかも、サイト名が『デザインノトビラ』ということだったので、「入り口は一つじゃない」ということをいちばん表現したかったんです。 山田十維(やまだとおい) 1994年生まれ。東京都出身。武蔵野美術大学 基礎デザイン学科卒業後、世界株式会社(CEKAI)を経て、2021年よりNEW inc.を設立。 企業のブランディングやプロダクト開発に携わり、デザイナー・アートディレクター、時にはプロデューサーとして活動している。家業は、箱の設計を得意とする印刷加工会社。 ――本サイトでは、デザイン・クリエイティブの領域を12種類に分けて、各カテゴリごとの魅力を情報として発信していきたいことを打ち合わせでお話しさせていただきました。山田さんをはじめ、みなさん独自の“12ノトビラ”をデザインしていただきました。 山田:サイトのコンセプトを聞いて、たしかにデザインというひとつの世界ではあるものの、12の分野それぞれの“デザイン”が存在すると思ったので、一つの分野に対して一つずつロゴを考えていきました。かたちの意味合いとしては、扉のモチーフを「D」で表現して、「D」の外側の縁取りが変形するような、それぞれバラエティに富んだ12種類の分野をロゴデザインとして表現しています。 山田さんによるロゴデザインデザインプロセスとしては、本当にいろいろなかたちをたくさんつくり、それぞれの違いを12種類考えていくという作業を繰り返しながら、一つずつ検討してブラッシュアップしていきました。この作業にいちばん時間をかけましたね。  ――かたちを仕上げていく過程は、みなさんで話し合いながら進めていったのですか?山田:完成させるにあたって明確な答えがあるわけではないので、自分のセンスに頼るしかない部分がありました。メンバーのみんなに聞いてもそれぞれ意見がバラバラだったので、最後は自分の感覚でピンときたものの中で、いちばんきれいだと思うかたちを組み合わせていった感じですね。12個並んだときのかたちのと色のバランスも、最終的な判断材料になりました。ロゴデザインの試作案。完成までに何度も試行錯誤があったそう。――今回に限らず、デザイン制作中に4人で相談したり、話し合ったりはしますか?坂本俊太さん(以下、坂本):特に見せ合って話し合うことはしないですが、実際はみんなそれぞれが勝手に途中のデザインを見て、「これちょっと変だよね」とか聞かれてもないのに突っ込んだりはしますね(笑)。 坂本俊太(さかもとしゅんた) 1993年生まれ。大阪府出身。武蔵野美術大学 基礎デザイン学科卒業。 ――自由に言い合えるのも、信頼関係があるからこそですね。坂本:そうですね。最近はお互いの趣味や思考がわかりすぎて、「お前はそう言うと思ったよ」と返したり(笑)。 ――今回は山田さんの案に決定させていただきましたが、ご提案いただいたみなさんのデザインはどれもすばらしく、デザインノトビラのメンバーでもとても悩みました。それぞれのデザインについてもお聞きしたいです。 藤谷力澄さん(以下、藤谷):僕の案は、扉を開いたときに向こうの景色が少し見えているイメージで、扉の隙間をシンボリックに表現できないかなと考えてデザインしました。藤谷力澄(ふじたにりきと) 1995年生まれ。東京都出身。武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科卒業。 藤谷さんによるロゴデザイン沖田颯亜さん(以下、沖田):私はデザインの分野ってそれぞれ隣接していると思っていて、そのことに気づくことで、ほかの分野への興味や新しい発見につながることを表現しています。これは私の学生時代の実体験も踏まえていて、これからデザインを学ぶ人にもそんな体験をしてほしいと思いデザインしました。沖田さんによるロゴデザイン 進学前って、大学や専門学校にどんな学部があって、デザインにどんな分野があるかのかがわからなかったんですよね。でも、先生の話を聞いたり、自分で調べたりしながら、徐々に知らなかったデザインの世界を知っていく体験をしたので、ぼんやりとした状態がだんだん明確になっていく様子を表現しています。 沖田颯亜(おきだそうあ) 1993年生まれ。東京都出身。武蔵野美術大学 基礎デザイン学科卒業。同年資生堂クリエイティブ本部に所属し、アートディレクターとして活動中。主に、ビューティーブランドや中国茶/クラフトビールなどの飲料系のパッケージを含めたコミニケーション全体のアートディレクションを手掛ける。 坂本:僕が考えたのは迷路ですね。物事って、知れば知るほどわからなくもなっていくけれど、そのことにちょっとワクワクもする、みたいな感覚をデザインしています。それは学生にとっての進路に対してもいえることだと思うので、その感覚を迷路で表現してみました。坂本さんによるロゴデザイン ――みなさんそれぞれの案に違った方向性や魅力がありますね。山田さんや坂本さんの案は、おふたりの独特な造形感覚が表現されていて、沖田さんや藤谷さんの案は、グラフィカルなものとして美しく構築されている印象を受けました。 藤谷:今回は、最初にアイデアを持ち寄った段階で、4人の方向性がちょうどバラバラだったんですが、なんとなく近いアイデアの場合は少し離してみたり、バランスを取ったりしていますね。 沖田:「デザインノトビラ」なので、まずは“トビラ”をかたちとして使うかどうかがあったよね。 藤谷:うん。ほかの3人は素直にはやらないだろうし(笑)、結構飛ばしてくるなと予想していたので、僕はストレートに扉のイメージを使う方向で考えました。全部扉がモチーフになると偏ってしまうので、そこはバランスを考えながら。 ――編集部内で話し合った際には、どの案にも票が入っていました。最終的にはデザインを学ぶ楽しさを感じるロゴデザインにしたいなと、山田さんの案を選ばせていただきました。それぞれ今回のロゴデザインにあたっての考え方についてお話しいただきましたが、みなさんはデザインの際に常に心がけていることなどはありますか? 山田:僕はなるべく言語化しながらデザインしたいと思っているので、論理的にカチッと構築するデザインや、逆に抽象度の高いものであっても、なるべく言葉でわかりやすく表現できるように意識しながらデザインしていますね。 坂本:あ、逆に僕はこの時のテーマは「ノープラン」だった気がします。 山田:なんか坂本にはあるんですよね、自分の中での流行みたいなのが(笑)。 坂本:僕は普段いろいろと理詰めで考えちゃって縮こまってしまうタイプなので、ちょうどその時期にやっていた展示でも、もっと感覚的につくろうと考えていました。その後、やっぱりあんまりよくないかもと考え直したんですが(笑)。このロゴも、なんで色が青なんだろうとか思いますよね。山田:説明してくれよ(笑)。4人のデザインとの出会い――「デザインノトビラ」は、これからデザインを学ぼうと考えている人のためのサイトなので、みなさんにとってのデザインとの出会いをお聞きしたいなと思います。デザインに興味をもったきっかけはどんな体験でしたか? 坂本:僕は高校時代、音楽をつくったり漫画を描くのが好きで、卒業後に音楽をやっていきたいなと思っていたんですが、半年ぐらいで才能がないなと感じてしまい……。じゃあ漫画家を目指そうと思って、出版社に持ち込みをしていた時期もあったんですけど、なかなかうまくいかなくて。ただ、その頃に作品を発表するためにWebサイトをつくってみたり、AdobeのIllustratorで漫画のタイトル文字をつくってみたりしていて、だんだんそれが楽しくなってきたんですよね。いま思えば、それがデザインと出会ったきっかけだったと思います。沖田:私の最初のきっかけは、お小遣いを貯めて買った資生堂の「マジョリカ マジョルカ」のリップグロスでした。すごくパッケージデザインがかわいくて大切にしていて、嫌な掃除の時間の前や、母に怒られた後などに塗って癒されていたんです。私もそんな風にキュンとしてもらえるものをつくりたいと思い、高校に入ってからは美大志望一直線でした。 山田:僕は実家が特殊な印刷会社だったので、中学生ぐらいの頃からイベント会場の設営の手伝いなどに駆り出されていて、日常的にデザイナーさんが周りにいる状況だったんですよね。だから、世の中に溢れているものの背景には必ずデザイナーの存在があるということを自然と知っていて、自分がかっこいいと思ったものを誰がつくったのか、調べる癖がついていました。そうしていくうちに、デザインの仕事への憧れが生まれたんだと思います。 藤谷:僕は中学校のときの美術の授業ですね。環境問題についてのポスターをつくる授業があったのですが、そこで自分の描いた絵がはじめて褒められたのがすごく嬉しくて。絵を描くことって楽しいなと思ったのが、最初のきっかけです。 山田:藤谷とは高専が一緒だったので知ってるんですが、そのポスター実家のトイレに貼ってあったよね。いま思うとベタだけど蛇口と地球の絵に「節水!」って書いてあった(笑)。 藤谷:よく覚えてるね(笑)。大学生になってから中学校に行った時にも、まだ僕が描いたポスターが貼ってあって、嬉しかったな。クリエイターズクラブ「NEW」インタビュー(2)につづく
2022年4月1日(金)
インタビュー
武蔵野美術大学

武蔵野美術大学での思い出と、デザイナーとしての現在につながる4人の卒業制作とは?

「デザインノトビラ」のロゴデザインを手がけたクリエイターズクラブ「NEW」のインタビューシリーズ。ロゴデザインのプロセスから、4人のメンバーにとってのデザインとの出会いについてお聞きした前回に続き、本格的にデザインを学ぼうと武蔵野美術大学に進んだ4人の学生時代の思い出や、卒業制作についてお話いただきました。武蔵野美術大学での学生生活――みなさんは武蔵野美術大学出身ですが、大学選びの決め手は何だったのでしょうか? 沖田颯亜さん(以下、沖田):受験時の第一志望は東京藝術大学で、現役の時は藝大しか受けてなかったんです。浪人時代も第一志望は藝大にしていたんですが、やっぱりすごく大変で、第二志望として武蔵野美術大学を受けました。理由としては、両親がインテリアデザイナーと画家で、ふたりの出身大学だったことが大きいですね。結局武蔵野美術大学に進学したのですが、私が入学した基礎デザイン学科は、有名なデザイナーの方々が教授を務めていて、そこで学べるのであれば、グラフィックにしろプロダクトにしろ、まだ進路が決まっていなくても卒業後に目指すことができるのがこの学科の魅力だなと感じていました。沖田颯亜(おきだそうあ)さん 坂本俊太さん(以下、坂本):僕は大阪の吹田市出身なので、家から通える距離の学校を考えて、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に入学しました。プロダクトやインテリアにも興味があったんですけど、将来のことを考えるとWebの方が道が開けるかなと思い、情報デザイン学科に入りました。 高校まではあまり知識がなかったのですが、大学に入ってからいろいろとデザインの世界が広がっていったんですよね。それこそ、いま僕は広告の会社にいますが、当時はそもそもデザインと広告が関係あるっていうことすらわかってなくて。同じ学科の友だちで、コピーライターになって広告に関わりたいというやつがいたんですけど、「なんで広告やりたいのにデザイン科に来たの?」って思うくらい、その頃は何も知らなくて(笑)。大学に入って本当にいろいろなことがわかっていった感じですね。坂本俊太(さかもとしゅんた)さん 坂本:そんな中で、2年生のときにグラフィックデザイナーの原研哉*さんの存在を知ったんです。原さんは、デザインだけじゃなく、いろんなプロジェクトの仕事をされていて、「デザインってじっくりと時間をかけて学ぶ価値のあることなんだな」とあらためて感じ、原さんが教えているムサビで学びたいと思うようになりました。僕はデッサンができないんですが、基礎デザイン学科はデッサンなしで編入できるのがよかったですね。*原研哉(はらけんや):日本デザインセンター代表取締役を務めるグラフィックデザイナー/アートディレクター。無印良品のアートディレクションや、松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、ヤマト運輸のVIを手がけるほか、展覧会のディレクションや、写真・動画・文・編集を手がけるWebサイト「低空飛行」など、幅広いプロジェクトを手がける。おもな著書に『デザインのデザイン』(岩波書店、2003)、『日本のデザイン』(岩波新書、2011)、『白百』(中央公論新社、2018)など。 山田十維さん(以下、山田):僕は中学卒業後に5年制のデザイン系の高専に入って、3年次からムサビに編入しました。基礎デザイン学科を選んだのは、僕が好きだった「竹尾ペーパーショウ」をディレクションされている原先生が教授をされていたからですね。ちなみに藤谷とは高専から一緒でした。 藤谷力澄さん(以下、藤谷):僕は3人と学科が違って、高専卒業後は武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科に編入しました。当時は、デザインの仕事に就きたいと思ってはいたものの、分野までは絞り込めていなかったので、イラストやアニメーションなど、幅広く学ぶことができる視デを選びました。 ――特に印象的だった授業はありましたか? 沖田:私は2年生の時に受けたプロダクトデザイナーの柴田文江先生の「形態論」がおもしろかったです。たとえば、「速い」と想像できる魚や自動車のフォルムについて考えたりする授業で、自分が「柔らかい」と思うかたちを石膏粘土でつくるという課題が出たんですが、いざ自分が考える柔らかいかたちをつくろうと思っても、なかなか思ったようにきれいなカーブが出せなかったり、すぐにはうまくいかないんですよね。そういった体験を身体に染み込ませる、とてもいい授業だったと思います。 坂本:僕は原先生のヴィジュアルコミュニケーションについての授業ですね。課題のテーマが「カフェ」だったので、「ぴったり100キロカロリーの食べ物しか置いていない店」をコンセプトに、模型からお店のネーミング、ロゴデザイン、書体設計まで、すべてつくったことが印象に残っています。あと、半分は原先生のファンとして受けていたところもあったので、授業でしか見ることができない原先生の仕事の裏側が垣間見れたのも興味深かったですね。 ――視覚伝達デザイン学科出身の藤谷さんはいかがですか? 藤谷:僕の学科は、代理店などで活躍されている現役のアートディレクターの方が講師としていらしていたのですが、その方が出す課題を2週間で作品として仕上げて提出する、という授業が印象的でしたね。とても大変でしたが、毎回講評いただけるので本当に身になったと思います。藤谷力澄(ふじたにりきと)さん  坂本:僕もその授業を取っていたことがあって、その授業がきっかけで就職活動で代理店を目指すようになりました。入学前の美大のイメージでは、ひとつの作品を仕上げるのに2〜3ヶ月ぐらいかけられると思っていたのですが、ムサビは「1週間でアイデアを出してつくってきてください」という授業がすごく多かったんですよね。そのときは「そんなの無理でしょ……」と思ったんですが、苦しみながらもなんとかやってみると、案外できるものだなぁって。実際に社会に出てみるとそんなことばかりなので、いまだにその経験は役に立っているかもしれないですね。卒業制作として取り組んだ4人の作品山田:僕が印象に残っていることといえば、やっぱり原先生のゼミですね。よく怒られてましたけどね(笑)。藤谷以外のこの3人は同じ原ゼミの生徒でした。原先生のゼミは特徴的で、はじめにゼミ生がそれぞれ気になる言葉を壁に貼り出して、その中からテーマを決めて作品をつくっていくんです。 山田十維(やまだとおい)さん 山田:僕たちのときは「生(なま)」というテーマでした。「live」という意味もあるし、生体しての「生」や「生々しい」「新鮮」など、本当に幅広く解釈できるテーマだったので、いろいろなアプローチがしやすかったですね。僕はこのテーマを、素材としての「生」と捉えて、大量生産・大量消費の象徴としての「缶」を、自分の手で素材に戻していくという過程を卒業制作にしました。コーラなどの空き缶を1,500個集めて、500個は紙やすりで削り、500個は圧縮してリサイクル前の状態である正方形にして、もう500個を溶かした状態にして並べる作品をつくりました。素材としての「生」をテーマに制作された山田さんの卒業制作  ――手を使って素材に戻していくというデザインプロセスには、どのように行き着いたのですか? 山田:作品のテーマをこの方向性にしようと思ったときに、「大量生産」といちばん対極にある「自分」を対比させるのがおもしろいんじゃないかと考えたんです。なので、その後の制作プロセスは結構すんなり決まりました。 ――原先生からの評価やフィードバックはいかがでしたか? 山田:正直プレゼンについては緊張していてあまり覚えていないのですが(笑)、最後は褒めてくれましたね。あと印象的だったのが、制作の過程で僕が「これは業者に頼みます」と言ったら、「業者“さん”と言いなさい」と言われたことでした。デザインの仕事は、業者さんを含めてたくさんの人と協働しながら進めるものなので、すべての人にきちんと敬意を持ちなさいということだったんだと思います。ゼミ時代はたくさん怒られましたが、原先生は一人ひとりのことをきちんとみてくれて、途中で脱落しないようにフォローしていただきましたね。 沖田:私の卒業制作は、「違和感から派生したファッション」という切り口の作品でした。アートディレクターとして制作できるような作品をつくりたいと思っていたので、フォトグラファーやモデルさんと一緒にビジュアルを制作することは先に決めていました。この作品では、ラップユニット「chelmico」のRachelちゃんにモデルをしていただいています。 私は「生」というテーマを解釈するにあたって、「生きていると実感するのはどんな時だろう」と考えて、傷ついた時に、SOSとして痛みを感じることもその証のひとつだなと思い、「傷口」を作品のモチーフにしました。その時に、人間が生まれてから最初にできる傷口って、へその緒だなと思ったんです。そこで、おへそや耳の穴などに包帯を巻くことで、人は違和感を感じるんだろうか? と考え、その違和感をビジュアル化した作品をつくりました。さらに、人間だけじゃなくて、ペットボトルや絵の具に絆創膏を巻くことで「もの」の傷を表現したり、靴やネックレス、チョーカーなどに傷口をつくることで、違和感をファッションに落とし込んだビジュアルを制作して、マガジンとしてまとめました。「傷口」をモチーフとした沖田さんの卒業制作坂本:僕は、一見「生」というテーマから遠いデジタルの情報に結びつけられないかなと考えて、聴診器で聞こえる自分の「心音」の周波数やリズムを、グラフィックパターンに変換してテキスタイルをデザインする装置をつくりました。心音って、自分ではコントロールできないですし、実はすごく「live」なデジタル情報だなと思ったんです。最初は心音を使ってシンフォニーみたいな音楽をつくることを考えていたんですが、聴診器を買ってみてゼミに持っていった時に、聴診器でみんなの心音を聞いていくと、「一人ひとり心音って違うんだな」ということに気づいて。単純に、ゼミのみんなが楽しそうに反応してくれるのもうれしかったですし、原ゼミの過去の作品は、詩的で彫刻的なものが多かったので、こういったみんなが盛り上がる作品をつくれば、ちょっと目立てるかなという気持ちもありましたね。そこから、個性を表すものとしてのファッションを連想して、心音をテキスタイルに落とし込む作品にしようと考えました。「MAX/MSP」という音楽のプログラミングにも使用されるソフトで制作しているのですが、僕はもともと音楽をつくったり、Webサイトを自分でつくることからデザインに触れるようになったので、この作品では、そういったいままで片足を突っ込んできた要素をうまく集めることができてよかったなと思っています。坂本さんの卒業制作「Pattern Per Heart」のビジュアル 坂本さんの卒業制作の展示風景  ――藤谷さんは視覚伝達デザイン科でどなたのゼミに所属されていたんですか? 藤谷:僕は新島実先生のゼミに所属していました。卒業制作に関しては、自分の気になることややりたいことを新島先生と面談しながら掘り下げつつ、最終的なテーマを決めて作品づくりにつなげるという流れでした。僕は、当時までの22年間で通ったことのある道をテーマに考えていて、たとえば通学路や友だちと出かけた時に通った道など、ケータイの画像やカレンダーからデータを抽出して、すべての歩行路を地図上にマッピングした映像作品を制作しました。単純に、自分がこの作品を通して視覚化して見てみたいなと思ったのが動機なのですが、これまでに歩いたことのある道だけを抽出することで、「自分が知っている世界ってこれだけなんだ」ということがわかるというか、自分の知っていることと知らないことが可視化されるような作品になるんじゃないかなと思ったんですね。僕は着実に何か一つをつくり上げることが好きなタイプなので、振り返ってみるとこの卒業制作のテーマにも表れていたと思いますし、いまの仕事への向き合い方も同じだなと感じています。クリエイターズクラブ「NEW」インタビュー(3)につづく
2022年4月1日(金)

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