• TOP
  • 読みもの
  • 多様な領域で活躍するデザイナーの「考える力」を鍛える。多摩美術大学統合デザイン学科での4年間

多様な領域で活躍するデザイナーの「考える力」を鍛える。多摩美術大学統合デザイン学科での4年間

多摩美術大学統合デザイン学科 永井一史x菅俊一インタビュー
item.sCaption

グラフィックやプロダクト、インターフェースなど、従来の領域の区分を取り払った新しいデザイン教育の場として、2014年に設立された多摩美術大学統合デザイン学科。日本を代表するプロダクトデザイナー・深澤直人さんが学科長を務める本学科は、第一線で活躍する講師陣による講義はもちろん、「デザイン」という考え方そのものを学び、実践するための力を身につける多様なカリキュラムが大きな特徴です。

1・2年次では基礎科目として「デザインベーシック」を学び、3・4年次においてはゼミ形式の「プロジェクト」を通して、学生たちは課題と卒業制作に取り組んでいきます。

「美しい社会を構想し具体化できるデザイナーを育てる」ことを目的に掲げる本学科の4年間を通して、学生たちはどのような力を身につけ、卒業後の進路に活かしていくのでしょうか?本学科のプロジェクトを担当するアートディレクター・クリエイティブディレクターの永井一史さんと、コグニティブデザイナーの菅俊一さんに、統合デザイン学科での学びの醍醐味をお聞きしました。

<関連記事> 好奇心と美意識を育む、多摩美術大学統合デザイン学科の「教育のデザイン」とは?永井一史×菅俊一インタビュー(デザイン情報サイト「JDN」)


「すべてはデザインである」からはじまる4年間の学び


―本日は、多摩美術大学統合デザイン学科のカリキュラムについてお聞きできればと思います。まずは、おふたりのご経歴をお話しいただけますか?

永井一史さん(以下、永井):僕は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科を出てから博報堂に就職し、広告制作やコミュニケーションデザインの仕事をしてきました。その後、博報堂内の新しい組織でブランドコンサルティングを手がけるようになり、2003年に代表取締役として「HAKUHODO DESIGN」を設立し、現在はおもにブランディングの仕事をしています。


多摩美術大学統合デザイン学科教授 永井一史(ながい かずふみ)永井一史(ながい かずふみ) HAKUHODO DESIGN代表取締役社長/アートディレクター/クリエイティブディレクター/多摩美術大学統合デザイン学科教授 1985年に多摩美術大学卒業後、株式会社博報堂入社。2003年には株式会社HAKUHODO DESIGNを設立。毎日デザイン賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリなど受賞多数。 https://www.hakuhodo-design.com/


菅俊一さん(以下、菅):僕は慶応義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)で学部時代を過ごし、作曲や音響合成アルゴリズムの研究をしていました。その後、大学院でニューロサイエンスの知見を応用したアニメーション表現を研究し、卒業後は「ピープル」という知育玩具のメーカーで、乳幼児向けの知育玩具の研究企画開発に取り組んでいました。それと並行して、NHK Eテレの『06552355』の制作や、書籍の出版、作品展示などを行なっており、2014年に統合デザイン学科に着任し、現在にいたります。


多摩美術大学統合デザイン学科 准教授 菅俊一(すげ しゅんいち) コグニティブデザイナー菅俊一(すげ しゅんいち) コグニティブデザイナー/多摩美術大学統合デザイン学科准教授 人間の知覚能力を基盤としたコグニティブデザインの考え方による行動や意志の領域のデザインを専門としており、近年は視線による共同注意を利用した、新しい誘導体験を生み出すための表現技術について探求している。https://syunichisuge.com


―統合デザイン学科は、デザインを領域ごとに分けるのではなく、「統合されたデザイン」を学ぶことが大きな特徴です。とはいえ、これからデザインを学ぶ10代の学生にとっては、少し理解するのがむずかしいようにも思えるのですが、1年生にはどのように説明をされていますか?

永井:いちばん最初の授業で、「すべてはデザインされている」という話をするようにしています。たとえば、このインタビューという場も、最終的なゴールである記事制作のプロセスとしてデザインされていますよね?学生たちがこれから取り組んでいく課題解決や、情報を集めることもデザインであり、具体的なかたちをつくることもデザインだということです。

―菅先生はいかがでしょうか?

菅:人間の知的な活動というのは、すべてデザインとして捉えられると思うんですね。仕事や生活を営む中で、考えたり、ものをつくったりすることのすべてにデザインは含まれています。ですので、分野としてデザインを学ぶのではなく、デザインという考え方そのものを学ぶことで、いままでわからなかったことがわかるようになりますし、それは世界を理解するためのツールにもなり得るという話をしています。

―学生さんたちの反応はどうですか?

永井:いきなり全部を理解するのはなかなかむずかしいとは思いますね。学生たちに「デザインってなんだと思う?」という質問を必ずしているんですが、「課題を解決することです」「幸せを生み出すことです」など、その時点で多様な意見が出てきます。学生たちには、4年間で知識を身につけて、自分なりの実感を持ってデザインのことを理解してもらえたらと思っています。

菅:専門選択科目である「統合デザイン論」では、学科の先生方それぞれの考えによるデザインの話をしています。学生たちにとっては、いままで聞いたことのない視点ばかりだと思うんですが、1・2年次の基礎科目で手を動かしていく中で、先生方の言葉がわかるようになっていきます。そうやって、学生たちには入学前とはまったく違うデザインの考え方を身につけてほしいと考えています。


目と手を鍛えるための基礎科目「デザインベーシック」


統合デザイン学科のカリキュラム についてお聞きしていきます。まずは1・2年次の「デザインベーシック」について教えていただけますか?

菅:初年度の基礎教育である「デザインベーシックI」では、「見る=目を鍛える」「つくる=手を鍛える」ことを軸に科目を設定しています。グラフィック基礎・プロダクト基礎・インターフェース基礎・描写の4科目がありますが、基本的には平面で情報を扱う際のものの見方と、立体物の制作技術およびそれらの関係性を学んでいきます。

たとえば、僕が担当しているインターフェース基礎は、「もの」と「もの」の境界について考えていく科目です。目で見る、皮膚で触るなど、人は感覚器を使ってどのように世界を把握しているのか、そして把握したものをどうやってアウトプットしているのか。そういったことを考えるための頭の使い方を学んでいきます。

統合デザイン学科では「広く・深く」教えているので、異なる手法や技術を同時に学びながら、その中にある共通点や違いを知ることで、ものをつくる上での基本的な考え方や目線を徹底的に身につけることができます。

2年次の「デザインベーシックII」では、具体的な表現技術を学んでいきます。文字の扱い方を学ぶ「タイポグラフィー」や、情報を集約して可視化する「ダイアグラム」、情報と身体をつなぐ関係を考える「インタラクション」、立体的な思考と造形技能を学ぶ「造形技法」など、3年次からはじまるゼミ形式の「プロジェクト」に取り組む上で必要な表現技術が網羅される構成になっています。

―それぞれの科目を教える上で、学生たちに意識して伝えていることはありますか?

菅:課題を出す前に、「これはなにを身につけるための課題なのか」をきちんと話すようにしています。学期末や年度末のタイミングでも、いままでやってきたことが何だったのかを振り返ることで、学生たちの頭の中で学んだ内容と体験が体系化されるような伝え方をしています。

―学び方そのものをデザインしていくような感覚でしょうか。

永井:それは意識していますね。俯瞰した視点でデザインを考えられることは統合デザインの「芯」でもあるので、講義で聞いた内容を、学生たち自身が演習を通して意味づけできるような、そんなカリキュラム構成になっていると思います。


課題を通して自分自身のテーマを発見する「プロジェクト」と「卒業制作」


多摩美術大学統合デザイン学科教授 永井一史(ながい かずふみ)プロジェクトの様子永井プロジェクトの様子


―3年次からは、ゼミ形式の「プロジェクト」を選択します。永井プロジェクトと菅プロジェクトには、どんな学生が集まりますか?

永井:僕のプロジェクトでは、自ら課題を発見し、アイデアを考え具体的なかたちにし、それをきちんと伝えることができる人を目指しているので、そこに関心のある学生に来てもらうようにしています。

―まずはどのような課題に取り組むのでしょうか?

永井:抽象度の高い課題に取り組んでもらうことが多いですね。1・2年生までは明解なルールに基づいた課題が多いので、3年生になったタイミングで、課題の自由度を上げていきます。

たとえば、「新しい光をデザインしなさい」という課題。これは、必ずしも「照明をつくりなさい」ということではないんです。光をどのように解釈し、どのような手段でかたちにするのかを考える課題で、「明るさ」を体験するための真っ暗なスペースをつくる学生もいれば、グラフィックや映像で光を表現する学生もいます。


多摩美術大学統合デザイン学科 永井プロジェクトの学生作品永井プロジェクトの学生の作品。「新しい光のデザイン」をテーマに、点字への理解や関心の入口となるトランプが制作された。


永井:もちろん、突然抽象度が上がるので「なにをやったらいいんですか?」と悩む学生もいます。なので、まずは導入として「既存のものをかけ合わせて新しいものをつくりなさい」という課題を先に出しています。組み合わせによって新しいものが生まれることをイニシエーション(通過儀礼)として体験してから、自由度が高い課題への準備をしてもらう感じですね。

一方で、社会連携を取り入れた課題にも取り組んでもらっています。たとえば、今年度は僕たちと同じ東京・上野毛にある「日本菓子専門学校」と連携して、五感についてリサーチしながら、新しいお菓子体験をデザインする課題に取り組みました。最終的には、日本菓子専門学校の方々に実際に食べられるお菓子として制作していただき、今年の11月には玉川高島屋S・Cでの展示を予定しています。

―菅先生のプロジェクトはいかがですか?

菅:僕自身が変なことをやっているので、ちょっと変わった学生が来ること多いんですけど(笑)、基本的には、僕が専門としている行動や判断の手がかりとなるデザイン=「コグニティブデザイン」に関心がある人が多いです。

僕のプロジェクトでは、1・2年次では扱わなかったテーマの課題に取り組んでもらっていて、まずはこちらからフォーマットを指定するようにしています。

たとえば、小さなレーザープロジェクターを使って、手をスクリーンにした場合の映像表現について考えてみる。通常は、平面の壁に映像を四角く投射しますが、手のような隆起した複雑な形状のものに光を当てる場合、映像表現はどのように変化するのか。学生にとってはいままで考えたことがないような特殊なフォーマットではあるんですが、条件があることで学生の創造性が発揮されるような課題を設定するようにしています。

学生たちには、2週間に1回ぐらいのペースで次々と課題に取り組んでもらいながら、徐々にテーマの抽象度を上げていきます。その中で、自分がアイデアを出しやすいのはどんなフォーマットなのかを考えながら、自分自身の考え方そのものを意識できるようにしています。


多摩美術大学統合デザイン学科 「手をスクリーンにした場合の映像表現」をテーマとした菅プロジェクトの様子「手をスクリーンにした場合の映像表現」をテーマとした菅プロジェクトの様子


多摩美術大学 統合デザイン学科 菅プロジェクトの学生の発表菅プロジェクトでの作品発表の様子


―4年次の卒業制作に取り組む上で、学生たちはどのようにテーマを決めていくのでしょうか?

永井:3年次の課題を通して、自分の心に引っかかるものや、やってみたいと強く関心が持てることを発見してもらうようにしています。その後、4年次で取り組む卒業制作は、4年間の集大成であると同時に「社会への入口」という意味もあるので、現在の自分が社会に対して何を投げかけていきたいのかを起点にテーマを探してみてくださいと伝えています。

菅:僕のプロジェクトの場合は、3年次から月に1度個人面談を実施していて、「好きなものは?」「おもしろいと思うものはなに?」と、ひたすら聞いています。別に追い詰めたいわけじゃないんですが(笑)、学生たちの多くは、自分がおもしろいと感じていること自体に気づいていなかったりもするので。「こんな本を読んでみるといいかもしれない」「こんな考え方をしてみたらどう?」など話をする中で、自分の興味に深く気づき、それを磨いていく中でテーマを見つけてもらうようにしています。


多様な領域で活躍するための「考える力」


多摩美術大学統合デザイン学科 永井プロジェクトの発表中の様子永井プロジェクトでの発表中の様子


―4年間の学びを通した学生たちの成長や変化の中で、印象的だったものはありますか?

菅:たとえば、もともとデッサンがうまくてグラフィックデザイナーを目指していた学生が、プログラミングに興味を持ち、映像やゲームをつくりはじめ、卒業後にはそういった仕事に就いたことがあって。自分が好きなことを突き詰めていくプロセスが、この学科の学生らしいなと思いました。

―卒業後の進路としてはどのような職種が多いのでしょうか?

永井:メーカーや制作会社、広告会社に就職する学生もいますが、最近の傾向としては、コンサルティング会社に入る学生もいますね。社会のなかでデザインが求められる領域が広がってきていますし、あらゆる産業の人たちが創造的な人材を求めているということだと思います。

菅:学科全体として、新しい商品やサービスを考える企画職に就く人が多いんじゃないかなと思います。もちろん、デザイナーになる学生もいますし、デザイン以外の分野でのびのびと自分の能力を活かしている学生もいます。ある特定の分野に就職するというより、ゼロから自分で何かをはじめたいとか、社会をよりよくするためのお手伝いがしたいなど、学科全体で共通するマインドがあるように感じています。

我々がここで教えてきたのは、なにかを美しいと感じることや、物事を考える力であり、それはいろいろな場面で必要な能力だと思います。そういった人達が社会のさまざまな分野に増えていくことで、社会全体がよりよくなっていくのではないかと。

今後もしかすると、別の分野で働いている統合デザイン学科の同級生同士が、一緒に仕事できることがあるかもしれないですよね。どこに行っても先輩がいるような状況も起こり得ますし、卒業生のつながりが広がっていくことで、社会に変化をもたらせるんじゃないかと考えています。

―最後に、統合デザイン学科に興味のある学生に向けてメッセージをお願いします。

永井:2000年代に入ってから、デザインが関わる領域はどんどん広がっており、さまざまな社会課題の解決のためにデザインが期待されていることも増えてきています。これからも拡張していくデザイン領域に興味のある方にはぜひ来てほしいですね。

菅:何か新しいことをしたい気持ちや、好奇心が強い人には、それを満たすためのものが、統合デザイン学科にはあると思います。また、毎年開催しているオープンキャンパスでは、すべてのカリキュラムの課題作品を展示しているので、実際にみてもらうことで、統合デザイン学科で体験できる学びの多様さを感じてもらいたいですね。

多摩美術大学統合デザイン学科 菅俊一さん、永井一史さん 

 

撮影:加藤麻希 取材・文・編集:堀合俊博(a small good publishing)

関連記事

読みもの

コンテスト型新企画「KNOCK」スタート!企業が高校生の作品を募集

高校生向けコンテスト型の新企画「KNOCK」とは?「絵を描くことが好き」「アイデアを考えることが好き」「ものづくりが好き」というデザイナー・クリエイターの卵のみなさん!クリエイティブを学び、将来を考える人のための情報サイト「デザインノトビラ」は、そんなみなさんから作品・アイデアを大募集する新企画、「KNOCK」をスタートします。「KNOCK」では今後さまざま企業が不定期にテーマを出題。高校生のみなさんだからこそ生み出せる、フレッシュで自由なアイデアや作品を募ります! 将来を考えるきっかけとして、作品発表の場として、まずは「KNOCK」でデザインのトビラを叩いてみませんか?高校生が「KNOCK」に応募すると、いいことが!あなたの作品が社会に出るチャンス!企業・クリエイターに作品を審査してもらえる!素敵な賞金や賞品がもらえる!応募のしかた募集中のテーマ一覧から挑戦したいテーマを選ぼう!締切までに作品をつくろう!作品応募フォームへの投稿で、応募完了!決まった期日まで、ドキドキしながら結果を待とう……!募集中のテーマ一覧(新着順)デザインノトビラ(株式会社 JDN)「KNOCK」のメイングラフィック募集(8月30日15:00締切)始まったばかりの新企画「KNOCK」のメイングラフィックを大募集!サイト内で注目を集める、すてきなグラフィック作品を募集します最優秀賞(1点) Amazonギフトカード3万円分、作品を企画のメインページグラフィックに採用このテーマの募集要項を見る今後も続々と、このページでテーマを出題していきます!
2024年7月16日(火)
ニュース

大賞は穴吹デザイン専門学校2年生!「日本パッケージデザイン学生賞2023」の入賞作品が決定

公益社団法人日本パッケージデザイン協会(JPDA)が主催する、学生向けのアワード「日本パッケージデザイン学生賞2023」の入賞作品が決定。大賞に選ばれたのは、穴吹デザイン専門学校2年生の綾野裕次郎さんの作品「ボーッと⼊浴剤」です。パッケージデザインの新しい魅力と価値を学生と共に発掘・伝播していくことを目的に開催される「日本パッケージデザイン学生賞」。第2回となる今回は「ひらく」をテーマに、オリジナリティのあるパッケージデザインのアイデアが3カ月間募集され、全国の大学・専門学校から513点の応募がありました。受賞作品のべ29点のうち、大賞に選ばれた作品「ボーッと⼊浴剤」は、開封後は船となる入浴剤のパッケージ提案です。ゴミになる入浴剤の袋を、楽しいものに変えたいと考えた作品です。審査委員からは、「不要さトップクラスの入浴剤のパッケージを一気にプラスにする提案」「捨てることのできるおもちゃという視点でもとても実用的」「夢や遊び心を表現しながらも、社会課題に答えているスマートなデザイン」などの評価を得ましたなお、今回の入賞作品は、2025年5月刊行予定の『年鑑日本のパッケージデザイン』に収録されます。
2023年12月11日(月)
PR
インタビュー
東京デザインプレックス研究所 (昼1年制)

デザインの可能性を広げる「ソーシャルデザイン」の魅力

世界各国で持続可能な社会づくりが求められている昨今。社会の仕組みや制度のデザインを通して世の中の課題を解決するために、さまざまな活動がおこなわれるようになりました。そういった活動は「ソーシャルデザイン」と呼ばれ、時代の変化とともに需要の高まりが見られます。なかでも、ソーシャルデザインを教育コンセプトのひとつに掲げる東京デザインプレックス研究所(以下、TDP)では、学⽣主体のラボラトリー「フューチャーデザインラボ」を企画・運営。「ソーシャル・カルチャー・ビジネス的視点を持つデザイナーを未来に向けて輩出する」ことを⽬的とし、積極的に活動しています。今回、同校の修了生でデザインを通じて社会課題に向き合うプロジェクトに携わる鴻戸美月さん、水島素美さん、兵藤海さん、藤森晶子さんの4名に、「フューチャーデザインラボ」発のプロジェクトの内容やソーシャルデザインの面白さ、身についたスキルなどについて語っていただきました。「死生観」「イマジナリーフレンド」「固定種野菜」「医療」……4人が向き合う社会課題とは――プロジェクトに取り組むことになった経緯についてみなさんにうかがいます。まずは、「さだまらないオバケプロジェクト」のメンバーとして人々の死生観をデザインの力で変えていく活動をしている鴻戸さん、いかがでしょうか。鴻戸美月さん(以下、鴻戸):TDPに入学し、同校が運営する「フューチャーデザインラボ」に所属したことがプロジェクト発足のきっかけです。  前職はアパレル会社に勤務していた鴻戸さん。2019年4月〜9月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講。修了後、フリーランスでデザイン業務をおこないながら「フューチャーデザインラボ」に参加  鴻戸:ラボに所属すると数名でチームを組み、取り組みたいテーマについて話し合います。私が世の中の死生観に興味を持つようになったのは、TDPスタッフの方がお母様を亡くされ、遺品を捨てられないと話していたのがきっかけでした。現代の日本では「死」について語ることはあまり好ましく思われません。そのため、悲しみを一人で抱えて塞ぎ込んでしまう。これは誰もがいつか必ず直面する問題です。だからこそ、私たちは「死」の捉え方をデザインの力で変えていきたいと思いました。遺された人が、亡くなった人との思い出を生きる糧にできるような世の中にしようと、さまざまな製品を開発しています。共通の故人を知る人同士で集まり、故人の思い出を語り合いながら振り返るきっかけをつくるカードゲーム「ソラがハレるまで」。死別によって心に抱えたモヤモヤとした気持ちを発散し、もう一度故人との素敵な思い出と出会ってほしいという思いが込められている ――水島さんも鴻戸さんと同じく「フューチャーデザインラボ」に所属しているんですよね?水島素美さん(以下、水島):本業である経営企画の仕事をする中で、思考が凝り固まっていることに気づき、新しい視点や発想力を身につけるためにTDPでの学び直しを決めました。特に「フューチャーデザインラボ」は未来を予測しながら課題を発見しアプローチするという点で、本業にも学びが活かせそうだと思い参加しました。アパレルブランドの経営企画として働いている水島さん。2019年10月〜2020年6月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、フューチャーデザインラボの第4期生として活動している  ――水島さんは、大人の発想力を高める「オルタナフレンドプロジェクト」のメンバーですが、「オルタナフレンド」とはなんなのでしょう?水島:一言で表すと「大人版イマジナリーフレンド※」です。子供の豊かな発想力によって生み出されるイマジナリーフレンドは、年齢が上がるにつれて消えてしまいます。それなのに、発想力は大人になっても求められる。私自身、本業やラボの活動で、アイデアが思うように出てこなくてやきもきする経験を幾度となくしてきました。そんな中で、イマジナリーフレンドが認知科学の観点で発想力を高める存在として有効だという論文を見つけて、私たち大人に必要なのは発想を手助けしてくれる相棒だと思ったんです。本プロジェクトではワークショップなどを通じて、その相棒として私たちが考えた「オルタナフレンド」を見つける活動をしています。※「イマジナリーフレンド」とは、通常幼少期に見られる「空想上の友人」のこと。発達心理学などで用いられる言葉コミュニティスペース「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」にて、未知の価値に挑戦するプロジェクトとして参加したオルタナフレンドの展示風景。そのほか、日本最大級の科学と社会をつなぐオープンフォーラム「サイエンスアゴラ」などでワークショップを実施  ――現在Web制作会社でデザイナーを本業としている兵藤さんも「フューチャーデザインラボ」所属ですが、ソーシャルデザインに興味を持ったきっかけを教えてください。兵藤海さん(以下、兵藤):TDPのティーチングアシスタントがこのラボを薦めてくれたことが、きっかけでした。もともと自分が本業で培ってきたデザインのスキルを社会に活かしたいという思いが強く、当時コロナ禍だったこともあって何か世の中に貢献したいと感じていたんです。そんな時にラボの存在を知り、これは挑戦しないと後悔するなと応募を決めました。UIデザイナーを経て、現在Web制作会社でデザイナー兼ディレクターとして働いている兵藤さん。2022年1月〜2022年9月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、フューチャーデザインラボ第5期生として活動 ――兵藤さんは絶滅の恐れがある固定種野菜を持続させるためのプロジェクトのメンバーですが、固定種野菜とはどんな野菜なのでしょうか?兵藤:固定種野菜とは、スーパーなどでほとんど出回ることのない、人が手を加えることで何世代にもわたり特性が受け継がれている野菜のことです。これらの野菜は、収穫量が少ないことや外食産業の普及などを理由に生産農家が減り、現在絶滅の危機に直面しています。その現状を知った私たちはフィールドワークとして各地の農家をまわり、固定種野菜の現状について調べていきました。拾い上げた課題をもとにシェフとコラボした試食イベントを開催するなど、固定種野菜の魅力を知ってもらい、ファンを増やす活動をおこなっています。固定種野菜が持続するためのサイクルを「知る・興味→体験→拡散→再購入・新規購入者の獲得→需要増加→生産者増加」と考え、このうち「体験」を提供するイベントを実施。イタリアンレストランのシェフがこの日のために開発した特別メニューを振るまった ――続いて、ストーマ(人工肛門)を手術で造設した患者さんの生活を豊かにするための「ストーマパウチプロジェクト」のメンバーである藤森さん。お三方とは違う経緯でプロジェクトに参加されたんですよね?藤森晶子さん(以下、藤森):私は横浜市立大学先端医科学研究センターのコミュニケーション・デザイン・センターで、医療現場の課題をデザインの力で解決する仕事をしています。本プロジェクトは、ストーマ(人工肛門)を手術で造設した方が排泄物をためておく透明のパウチ(袋)に貼る、デザインステッカーの開発プロジェクトです。患者さんの気持ちを少しでも明るくしたいという大腸外科医の先生の想いから誕生しました。デザインが肝となるプロジェクトなので、ソーシャルデザイン分野で横浜市立大学と長年交流のあるTDPと共同で活動をスタート。本学とTDPの架け橋役として、TDP出身で本学のデザインセンターで働く私が発足メンバーに加わりました。横浜市立大学先端医科学研究センターのコミュニケーション・デザイン・センターのデザイナーとして働く藤森さん。2017年7月〜11月にTDPのグラフィック/DTP専攻を受講し、修了後「ストリートメディカルスクール(TDPと横浜市立大学との協働カリキュラム。TDPの修了生と医療関係者が集い、デザインや医療のプロフェッショナルに学ぶ教育プログラム)」の1期生に。プログラム修了後も2期生のアドバイザーを務める ――医療分野の課題をデザインで解決するにあたって、どのようなことが大変でしたか?藤森:私たちがデザインしているのは、透明で中身が確認しやすいという医療側のメリットに特化したストーマパウチを、患者さんの好みや気持ちに寄り添ってアレンジするためのステッカーです。しかし、それは機能上なくても問題ないもの。だからこそ、患者さんが使用中に邪魔に感じたり、不具合が起きたりするようなことは決してあってはなりません。ステッカーのグラフィックをデザインして終わりというわけではなく、医療の観点からも使用して問題がないかを細かく検証していく必要があります。ストーマパウチのステッカーデザインはTDPの学生たちが担当。藤森さんはそれらの取りまとめやステッカーカタログのデザインのほか、クラウドファンディングの運営、ストーマパウチメーカーや印刷会社とのやりとり、納品までのディレクションを担当している 完成までは試行錯誤の繰り返しでしたが、先生やストーマパウチメーカー、印刷会社などあらゆる分野のプロの方たちの協力のもと、ステッカーを無事患者さんに届けることができました。大変なことも多かったですが、使っていただいた方から喜びの声をいただいた時は、心からつくって良かったと思いましたね。デザインとは、自分の気づきを形にする力――プロジェクトに取り組んだからこそ得られた学びや身についたスキルはありますか?鴻戸:学生としてデザインを勉強していた時は、自分が身につけた制作スキルで何ができるのか、よくわかっていませんでした。しかし、プロジェクト活動の中で、自分たちで問題を発見し、深掘りし、アイデアを形にするまでやり通す力が身についたと感じています。「デザイン」とは、こうなったらよいと思ったことを自分の手で実現させる力でもあるんだと、身に染みて実感しました。――ソーシャルデザインの対象となる社会課題の中には、鴻戸さんが向き合っている「死」の問題も含まれているのですね。鴻戸:私たちは、課題をデザインで解決したいというより、課題についてみんなが考えるきっかけをつくりたいと考えています。「私たちはこう思うんです!」と信念をぶつける活動ではなく、「こういう考え方をしてみてはどうだろう?」と優しいコミュニケーションをしていきたい。そういういろんなコミュニケーションを生み出すことができるのもデザインの魅力の一つだと思います。違和感と向き合いつづけることが大事――ソーシャルデザインに携わる上で大事なことを教えてください。兵藤:ソーシャルデザインの活動では、自分の気持ちや違和感を大事にすることがすごく大切だと思います。自分たちが提起した問題に対して、本気で解決したいという想いが、人々に共感されるデザインを生み出します。もし日常にちょっとした違和感を覚えているなら、その感覚を大事にしながら、いろんなソーシャルデザインの事例を調べてみるのもいいかもしれません。水島:仕事をしていると自分では違和感があっても、それを受け入れるのが大人だという価値観が当たり前になりがちです。私もそうでした。しかし、ラボでの活動を通して世の中の当たり前に対して「本当にそうなのか?」と自分で問いを立てる力が身につきました。デザインの領域は目に見えるものだけでなく、課題提起や戦略、コンセプトなど目に見えない部分まで広がっています。特にソーシャルデザインはその目に見えない部分を考え抜く力が試される分野です。そういった思考力を身につけたい人にとっては最高のフィールドだと思います!アイデアを形にすることから始めてみてほしい――最後に、デザイン分野に興味を持っている読者のみなさんにメッセージをお願いします!藤森:ソーシャルデザインに取り組む中での一番のやりがいは、自分の頭の中のものを社会に役立つ形で具現化できることです。口頭だけのアイデアや実現性のないイメージでとどまっていたものを最後までつくり切ることは、自信にもつながります。もちろんつくってみて初めてわかる自分の至らなさもたくさんあります。だけど、より良いものをつくるために、頭の中だけで終わらせずに、とにかくスケッチや模型など自分の手でつくってみることを大事にしてほしいです。そういった機会がTDPには豊富にあるので、デザインに少しでも興味のある方はぜひチャレンジしてほしいと思います!取材・文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:加藤雄太 編集:萩原あとり(JDN)
2023年8月29日(火)