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多様な領域で活躍するデザイナーの「考える力」を鍛える。多摩美術大学統合デザイン学科での4年間

多摩美術大学統合デザイン学科 永井一史x菅俊一インタビュー
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グラフィックやプロダクト、インターフェースなど、従来の領域の区分を取り払った新しいデザイン教育の場として、2014年に設立された多摩美術大学統合デザイン学科。日本を代表するプロダクトデザイナー・深澤直人さんが学科長を務める本学科は、第一線で活躍する講師陣による講義はもちろん、「デザイン」という考え方そのものを学び、実践するための力を身につける多様なカリキュラムが大きな特徴です。

1・2年次では基礎科目として「デザインベーシック」を学び、3・4年次においてはゼミ形式の「プロジェクト」を通して、学生たちは課題と卒業制作に取り組んでいきます。

「美しい社会を構想し具体化できるデザイナーを育てる」ことを目的に掲げる本学科の4年間を通して、学生たちはどのような力を身につけ、卒業後の進路に活かしていくのでしょうか?本学科のプロジェクトを担当するアートディレクター・クリエイティブディレクターの永井一史さんと、コグニティブデザイナーの菅俊一さんに、統合デザイン学科での学びの醍醐味をお聞きしました。

<関連記事> 好奇心と美意識を育む、多摩美術大学統合デザイン学科の「教育のデザイン」とは?永井一史×菅俊一インタビュー(デザイン情報サイト「JDN」)


「すべてはデザインである」からはじまる4年間の学び


―本日は、多摩美術大学統合デザイン学科のカリキュラムについてお聞きできればと思います。まずは、おふたりのご経歴をお話しいただけますか?

永井一史さん(以下、永井):僕は多摩美術大学のグラフィックデザイン学科を出てから博報堂に就職し、広告制作やコミュニケーションデザインの仕事をしてきました。その後、博報堂内の新しい組織でブランドコンサルティングを手がけるようになり、2003年に代表取締役として「HAKUHODO DESIGN」を設立し、現在はおもにブランディングの仕事をしています。


多摩美術大学統合デザイン学科教授 永井一史(ながい かずふみ)永井一史(ながい かずふみ) HAKUHODO DESIGN代表取締役社長/アートディレクター/クリエイティブディレクター/多摩美術大学統合デザイン学科教授 1985年に多摩美術大学卒業後、株式会社博報堂入社。2003年には株式会社HAKUHODO DESIGNを設立。毎日デザイン賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリなど受賞多数。 https://www.hakuhodo-design.com/


菅俊一さん(以下、菅):僕は慶応義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)で学部時代を過ごし、作曲や音響合成アルゴリズムの研究をしていました。その後、大学院でニューロサイエンスの知見を応用したアニメーション表現を研究し、卒業後は「ピープル」という知育玩具のメーカーで、乳幼児向けの知育玩具の研究企画開発に取り組んでいました。それと並行して、NHK Eテレの『06552355』の制作や、書籍の出版、作品展示などを行なっており、2014年に統合デザイン学科に着任し、現在にいたります。


多摩美術大学統合デザイン学科 准教授 菅俊一(すげ しゅんいち) コグニティブデザイナー菅俊一(すげ しゅんいち) コグニティブデザイナー/多摩美術大学統合デザイン学科准教授 人間の知覚能力を基盤としたコグニティブデザインの考え方による行動や意志の領域のデザインを専門としており、近年は視線による共同注意を利用した、新しい誘導体験を生み出すための表現技術について探求している。https://syunichisuge.com


―統合デザイン学科は、デザインを領域ごとに分けるのではなく、「統合されたデザイン」を学ぶことが大きな特徴です。とはいえ、これからデザインを学ぶ10代の学生にとっては、少し理解するのがむずかしいようにも思えるのですが、1年生にはどのように説明をされていますか?

永井:いちばん最初の授業で、「すべてはデザインされている」という話をするようにしています。たとえば、このインタビューという場も、最終的なゴールである記事制作のプロセスとしてデザインされていますよね?学生たちがこれから取り組んでいく課題解決や、情報を集めることもデザインであり、具体的なかたちをつくることもデザインだということです。

―菅先生はいかがでしょうか?

菅:人間の知的な活動というのは、すべてデザインとして捉えられると思うんですね。仕事や生活を営む中で、考えたり、ものをつくったりすることのすべてにデザインは含まれています。ですので、分野としてデザインを学ぶのではなく、デザインという考え方そのものを学ぶことで、いままでわからなかったことがわかるようになりますし、それは世界を理解するためのツールにもなり得るという話をしています。

―学生さんたちの反応はどうですか?

永井:いきなり全部を理解するのはなかなかむずかしいとは思いますね。学生たちに「デザインってなんだと思う?」という質問を必ずしているんですが、「課題を解決することです」「幸せを生み出すことです」など、その時点で多様な意見が出てきます。学生たちには、4年間で知識を身につけて、自分なりの実感を持ってデザインのことを理解してもらえたらと思っています。

菅:専門選択科目である「統合デザイン論」では、学科の先生方それぞれの考えによるデザインの話をしています。学生たちにとっては、いままで聞いたことのない視点ばかりだと思うんですが、1・2年次の基礎科目で手を動かしていく中で、先生方の言葉がわかるようになっていきます。そうやって、学生たちには入学前とはまったく違うデザインの考え方を身につけてほしいと考えています。


目と手を鍛えるための基礎科目「デザインベーシック」


統合デザイン学科のカリキュラム についてお聞きしていきます。まずは1・2年次の「デザインベーシック」について教えていただけますか?

菅:初年度の基礎教育である「デザインベーシックI」では、「見る=目を鍛える」「つくる=手を鍛える」ことを軸に科目を設定しています。グラフィック基礎・プロダクト基礎・インターフェース基礎・描写の4科目がありますが、基本的には平面で情報を扱う際のものの見方と、立体物の制作技術およびそれらの関係性を学んでいきます。

たとえば、僕が担当しているインターフェース基礎は、「もの」と「もの」の境界について考えていく科目です。目で見る、皮膚で触るなど、人は感覚器を使ってどのように世界を把握しているのか、そして把握したものをどうやってアウトプットしているのか。そういったことを考えるための頭の使い方を学んでいきます。

統合デザイン学科では「広く・深く」教えているので、異なる手法や技術を同時に学びながら、その中にある共通点や違いを知ることで、ものをつくる上での基本的な考え方や目線を徹底的に身につけることができます。

2年次の「デザインベーシックII」では、具体的な表現技術を学んでいきます。文字の扱い方を学ぶ「タイポグラフィー」や、情報を集約して可視化する「ダイアグラム」、情報と身体をつなぐ関係を考える「インタラクション」、立体的な思考と造形技能を学ぶ「造形技法」など、3年次からはじまるゼミ形式の「プロジェクト」に取り組む上で必要な表現技術が網羅される構成になっています。

―それぞれの科目を教える上で、学生たちに意識して伝えていることはありますか?

菅:課題を出す前に、「これはなにを身につけるための課題なのか」をきちんと話すようにしています。学期末や年度末のタイミングでも、いままでやってきたことが何だったのかを振り返ることで、学生たちの頭の中で学んだ内容と体験が体系化されるような伝え方をしています。

―学び方そのものをデザインしていくような感覚でしょうか。

永井:それは意識していますね。俯瞰した視点でデザインを考えられることは統合デザインの「芯」でもあるので、講義で聞いた内容を、学生たち自身が演習を通して意味づけできるような、そんなカリキュラム構成になっていると思います。


課題を通して自分自身のテーマを発見する「プロジェクト」と「卒業制作」


多摩美術大学統合デザイン学科教授 永井一史(ながい かずふみ)プロジェクトの様子永井プロジェクトの様子


―3年次からは、ゼミ形式の「プロジェクト」を選択します。永井プロジェクトと菅プロジェクトには、どんな学生が集まりますか?

永井:僕のプロジェクトでは、自ら課題を発見し、アイデアを考え具体的なかたちにし、それをきちんと伝えることができる人を目指しているので、そこに関心のある学生に来てもらうようにしています。

―まずはどのような課題に取り組むのでしょうか?

永井:抽象度の高い課題に取り組んでもらうことが多いですね。1・2年生までは明解なルールに基づいた課題が多いので、3年生になったタイミングで、課題の自由度を上げていきます。

たとえば、「新しい光をデザインしなさい」という課題。これは、必ずしも「照明をつくりなさい」ということではないんです。光をどのように解釈し、どのような手段でかたちにするのかを考える課題で、「明るさ」を体験するための真っ暗なスペースをつくる学生もいれば、グラフィックや映像で光を表現する学生もいます。


多摩美術大学統合デザイン学科 永井プロジェクトの学生作品永井プロジェクトの学生の作品。「新しい光のデザイン」をテーマに、点字への理解や関心の入口となるトランプが制作された。


永井:もちろん、突然抽象度が上がるので「なにをやったらいいんですか?」と悩む学生もいます。なので、まずは導入として「既存のものをかけ合わせて新しいものをつくりなさい」という課題を先に出しています。組み合わせによって新しいものが生まれることをイニシエーション(通過儀礼)として体験してから、自由度が高い課題への準備をしてもらう感じですね。

一方で、社会連携を取り入れた課題にも取り組んでもらっています。たとえば、今年度は僕たちと同じ東京・上野毛にある「日本菓子専門学校」と連携して、五感についてリサーチしながら、新しいお菓子体験をデザインする課題に取り組みました。最終的には、日本菓子専門学校の方々に実際に食べられるお菓子として制作していただき、今年の11月には玉川高島屋S・Cでの展示を予定しています。

―菅先生のプロジェクトはいかがですか?

菅:僕自身が変なことをやっているので、ちょっと変わった学生が来ること多いんですけど(笑)、基本的には、僕が専門としている行動や判断の手がかりとなるデザイン=「コグニティブデザイン」に関心がある人が多いです。

僕のプロジェクトでは、1・2年次では扱わなかったテーマの課題に取り組んでもらっていて、まずはこちらからフォーマットを指定するようにしています。

たとえば、小さなレーザープロジェクターを使って、手をスクリーンにした場合の映像表現について考えてみる。通常は、平面の壁に映像を四角く投射しますが、手のような隆起した複雑な形状のものに光を当てる場合、映像表現はどのように変化するのか。学生にとってはいままで考えたことがないような特殊なフォーマットではあるんですが、条件があることで学生の創造性が発揮されるような課題を設定するようにしています。

学生たちには、2週間に1回ぐらいのペースで次々と課題に取り組んでもらいながら、徐々にテーマの抽象度を上げていきます。その中で、自分がアイデアを出しやすいのはどんなフォーマットなのかを考えながら、自分自身の考え方そのものを意識できるようにしています。


多摩美術大学統合デザイン学科 「手をスクリーンにした場合の映像表現」をテーマとした菅プロジェクトの様子「手をスクリーンにした場合の映像表現」をテーマとした菅プロジェクトの様子


多摩美術大学 統合デザイン学科 菅プロジェクトの学生の発表菅プロジェクトでの作品発表の様子


―4年次の卒業制作に取り組む上で、学生たちはどのようにテーマを決めていくのでしょうか?

永井:3年次の課題を通して、自分の心に引っかかるものや、やってみたいと強く関心が持てることを発見してもらうようにしています。その後、4年次で取り組む卒業制作は、4年間の集大成であると同時に「社会への入口」という意味もあるので、現在の自分が社会に対して何を投げかけていきたいのかを起点にテーマを探してみてくださいと伝えています。

菅:僕のプロジェクトの場合は、3年次から月に1度個人面談を実施していて、「好きなものは?」「おもしろいと思うものはなに?」と、ひたすら聞いています。別に追い詰めたいわけじゃないんですが(笑)、学生たちの多くは、自分がおもしろいと感じていること自体に気づいていなかったりもするので。「こんな本を読んでみるといいかもしれない」「こんな考え方をしてみたらどう?」など話をする中で、自分の興味に深く気づき、それを磨いていく中でテーマを見つけてもらうようにしています。


多様な領域で活躍するための「考える力」


多摩美術大学統合デザイン学科 永井プロジェクトの発表中の様子永井プロジェクトでの発表中の様子


―4年間の学びを通した学生たちの成長や変化の中で、印象的だったものはありますか?

菅:たとえば、もともとデッサンがうまくてグラフィックデザイナーを目指していた学生が、プログラミングに興味を持ち、映像やゲームをつくりはじめ、卒業後にはそういった仕事に就いたことがあって。自分が好きなことを突き詰めていくプロセスが、この学科の学生らしいなと思いました。

―卒業後の進路としてはどのような職種が多いのでしょうか?

永井:メーカーや制作会社、広告会社に就職する学生もいますが、最近の傾向としては、コンサルティング会社に入る学生もいますね。社会のなかでデザインが求められる領域が広がってきていますし、あらゆる産業の人たちが創造的な人材を求めているということだと思います。

菅:学科全体として、新しい商品やサービスを考える企画職に就く人が多いんじゃないかなと思います。もちろん、デザイナーになる学生もいますし、デザイン以外の分野でのびのびと自分の能力を活かしている学生もいます。ある特定の分野に就職するというより、ゼロから自分で何かをはじめたいとか、社会をよりよくするためのお手伝いがしたいなど、学科全体で共通するマインドがあるように感じています。

我々がここで教えてきたのは、なにかを美しいと感じることや、物事を考える力であり、それはいろいろな場面で必要な能力だと思います。そういった人達が社会のさまざまな分野に増えていくことで、社会全体がよりよくなっていくのではないかと。

今後もしかすると、別の分野で働いている統合デザイン学科の同級生同士が、一緒に仕事できることがあるかもしれないですよね。どこに行っても先輩がいるような状況も起こり得ますし、卒業生のつながりが広がっていくことで、社会に変化をもたらせるんじゃないかと考えています。

―最後に、統合デザイン学科に興味のある学生に向けてメッセージをお願いします。

永井:2000年代に入ってから、デザインが関わる領域はどんどん広がっており、さまざまな社会課題の解決のためにデザインが期待されていることも増えてきています。これからも拡張していくデザイン領域に興味のある方にはぜひ来てほしいですね。

菅:何か新しいことをしたい気持ちや、好奇心が強い人には、それを満たすためのものが、統合デザイン学科にはあると思います。また、毎年開催しているオープンキャンパスでは、すべてのカリキュラムの課題作品を展示しているので、実際にみてもらうことで、統合デザイン学科で体験できる学びの多様さを感じてもらいたいですね。

多摩美術大学統合デザイン学科 菅俊一さん、永井一史さん 

 

撮影:加藤麻希 取材・文・編集:堀合俊博(a small good publishing)

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