「出会いたい。これからの世界をつくる新しい才能たちと。」
これは、グッドデザイン賞を主催する日本デザイン振興会が2022年に新たに発足した「グッドデザイン・ニューホープ賞」のサイトに掲げられたキャッチコピーだ。同賞は将来のデザイン分野を担う世代の活動を支援することを目的に新設されたもので、グッドデザイン賞がプロ・企業の商品やサービスを対象にしていることに対し、在学中の学生や卒業・修了直後の方によって制作されたデザインを対象に実施される。
第1回目の審査委員長は、プロダクトデザイナーの安次富隆さん、副委員長はクリエイティブディレクターの齋藤精一さんで、両名ともグッドデザイン賞の審査委員も務めている。そのほか建築家やアーティストなど錚々たるメンバーが審査委員を務めた。
応募可能なデザイン領域は、「物のデザイン」「場のデザイン」「情報のデザイン」「仕組みのデザイン」の4つのカテゴリー。応募テーマの指定がなく、応募者が在学期間中に独自に制作したものであれば、大学や専門学校などのゼミの課題制作や卒業制作、自主研究などのデザインで応募できることが特徴である。また、受賞者をバックアップするため、デザイナーや建築家によるワークショップへの参加など独自のプログラムが用意されることも大きい。
最優秀賞を受賞したのは、法政大学デザイン工学部システムデザイン学科卒の奥村春香さんによる「第3の家族」。家庭環境に悩む少年少女などに向けた自立支援サービスで、既存制度の支援対象に該当しない少年少女に対し、自分の居場所を見つけるための情報や機会を提供することを目的としている。「心」「将来設計」「社会発信」の3つの支援プログラムを用意し、少年少女を遠くから支える「第3の存在」になることを目指している。
今回、同プロジェクトを精力的に進める奥村さんに、プロジェクトへの想いやコンペへの取り組み方、受賞後の変化などを伺った。
幼少期から関心を持ったデザイン。コンペが自分を知るきっかけに。
――学生時代はどんなジャンルを学んでいましたか?
法政大学のデザイン工学部システムデザイン学科で、デザインはもちろん、エンジニアリング実装の知識やマネジメント領域、市場調査やユーザーリサーチなど、ものづくりを統合的に学びました。学生時代は、プロダクトデザイン、VRやAR、グラフィックなど幅広く学んでいましたが、今回コンペに出したのはUIアプリのデザインです。
奥村春香(おくむらはるか) NPO法人第3の家族理事長。LINE株式会社 Product Designer。2022年度グッドデザイン・ニューホープ賞最優秀賞、法政大学理系同窓会成績優秀者、Asia Digital Award Fukuoka 入賞、GUGEN2019 アナログ・デバイセズ賞、Visionalコンペ 特別賞。
――もともと幼少期からそういったものづくりやデザインに興味があったのですか?
そうですね。幼稚園の頃からなんとなくデザイナーになりたいという気持ちがあり、工作の授業なども好きな子ども時代でした。当時NHKの教育番組「デザインあ」を観るのが楽しくて、私はデザインが好きなんだなとなんとなく思っていました。
大学は美大という選択肢もありましたが、理系的な勉強も好きだったので、それを活かせた方が自分の身になるかなと思い、デザイン工学部を選択しました。
――大学の卒業制作では、どんなことに取り組みましたか?
卒業制作は「Embodied Web」という作品です。日常の中でブックマークだけしてそのままにしているサイトやレシピ、情報ってありますよね。それらはあとで見ようと思っていても忘れてしまって形のないものになってしまっていますが、身体性を失っているというところにフォーカスし、あえてその情報を印刷するという作品にしました。
印刷すると、それを見ながら友達と一緒に喋ったり、自分の目につく冷蔵庫やデスクに貼りたくなったり、いままで形を失っていた情報を改めて形にすることで、新しい文脈をつくろう、情報を使ってあげられる形にしようと考えました。
――たしかに「いいね」だけして忘れてしまう情報は多いですよね。学生時代はコンペに応募することも多かったのでしょうか?
1年生の頃から頻繁に応募していました。「登竜門」などで自分が出せそうなコンペがないか2ヶ月に1度はチェックしていたくらいです。1年生の頃は、自分がどういうデザインをやりたいか決まっていなかったので、とにかくいろんなジャンルに応募してみて自分にフィットするものを探るという目的もありました。
家庭環境の問題を持つ、少年少女への自立支援サービス「第3の家族」
――では、今回最優秀賞を受賞した「第3の家族」について教えてください。具体的にどんなプロジェクトなのでしょうか?
既存制度の支援対象に該当しないグレーゾーンで悩んでいる少年少女に対し、自分の居場所を見つけるための情報や機会を提供することが目的の自立支援サービスで、少年少女の自立に向けた「第3の存在」になることを目指しています。
具体的には、悩みに対処する方法や、同じような経験者の声がわかる情報サイト「nigeruno」、家庭環境に悩む人のための掲示板「gedokun」、家庭環境問題のリアルな実情をまとめたデータサイト「家庭環境白書」の3つのサービスを運営しています。
奥村さんが主宰する3つのサービス
――プロジェクトに行き着いたきっかけを教えてください。
このプロジェクトは自身の経験からはじまったもので、自分もこういうものがほしかったというところからスタートしました。最初は2021年の3月に「gedokun」の前身となる掲示板をはじめたのですが、利用者からも「つくってくれてありがとう。救われた」という声もいただいたのが嬉しくて。2022年の5月に「nigeruno」と「家庭環境白書」をリリースし、2023年4月には法人化しました。どんどん活動の幅が広がっています。
――実際にプロジェクトをはじめたことで気づきはありますか?
私自身もこういった問題を一人で抱えていたので、まず自分と同じ人がいるんだと思うとほっとしたり、環境は違うけれど遠くに同じような仲間がいるんだと思うと心強かったり。同時に、本当にさまざまな悩みがたくさん集まるので、こんなに苦しんでいる人がいるんだと問題の多様性をすごく感じました。いろいろと便利になっている世の中でも、解決されない問題ってやっぱりあるんだろうと感じています。
あくまで中立な存在でいたい
――「第3の家族」のサイトに掲載されているコピーの“自分の居場所は他にもある”という一文が、特にほっとさせてくれるような気がします。
ありがとうございます。こういう問題は正解・不正解があるものでもないし、親も親で愛情を持ってやっているところもあると思うんです。だから何かを否定するつもりではやっていなくて、正解・不正解がない領域だけど、「家庭という居場所もあるけど、もっと他の居場所もあるよ」と思ってもらいたい。決して家庭を否定しているわけではないんです。
あくまで中立的な存在でいたいので、こういった支援サービスにありがちな弱者支援のようにならないようにしたいと思っています。弱い人を私たちが助けてあげているというような上下関係はつくりたくないんです。それは自分が当事者だったら嫌だなと思うし、逆に寄り添いすぎても「問題は簡単に解決しないんだよ」と反発する気持ちも生まれてしまいそうなので、できるだけ中立な立場で、少年少女が自分1人で解決に近づけるような状態をつくれたらと考えています。
積極的に介入するよりは情報提供や逃げ場を用意することで、自分で解決することを促したいという想いがあります。
――自分で解決に持っていくことが大事なのですね。
もちろん大人が介入した方が解決できるし、早いとは思うんです。でも、子どもとしても大ごとにはしたくない気持ちもあって。辛いけれど家庭自体は壊したくはないとか、そういう複雑な思いを持っている子も多いと思うんです。だから、自分1人でなんとかできるような情報を提供できたらと。
――プロジェクトを進めるにあたって、どんな課題がありましたか?
やはり、根本的な解決をするのはやっぱり難しいということですね。何が正解というわけでもないし、じゃあ親を変えればいいという話でもなく……。ただ、最悪な状態はつくってはいけないなとは思っています。いまのプロジェクトの形が正しいとも思っていなくて、そこは日々模索中です。世の中の制度が十分ではないからはじめたプロジェクトなので、続けながら常に疑問を持ち、改善していきたいと思っています。