21歳の春、同世代の友人が亡くなった。
永の別れを初めて肌で感じた。
会いたい人にいつでも会えるとは限らない、存在していることは奇跡とも言える。
いまここに生きている証拠、当たり前はないということを形として残した。
蝶は亡くなった人の魂や復活のシンボルであり、死と再生のメタファーとされている。
「生まれ変わってもまたママの子どもとして生まれてきてね」
という友人の母親の言葉がいつか蝶の形となって叶うと私は信じている。
すべての人が母から生まれた。安全に生まれることは決して当たり前ではない。
命は1人ひとつしかなく唯一無二である。しかし、命は1人では支えられない。
だからこそ尊いものになる。自分が存在していることの奇跡を考えることで、他の生命の偉大さも理解できるだろう。
居なくなってから、その存在を確認するのではなく、今触れられるもの、見えるものを大切にする。
そして自分自身の偉大さを考えるきっかけになる作品になれば嬉しく思う。